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食道癌手術患者の周術期口腔管理による術後肺炎予防
兵庫医科大学歯科口腔外科学講座 岸 本 裕 充
1.
術後肺炎・VAPの予防と口腔ケア
手術後の合併症には種々のものがあるが、肺炎は最も重篤な合併症のひとつである。特に大侵襲手術後にICUへ収容され、気管内挿管下で人工呼吸管理を受ける患者は人工呼吸器関連肺炎(ventilator-associated
pneumonia;VAP)の発症も考慮しなければならない。
手術後も含めた院内肺炎において、挿管患者では非挿管患者と比較して肺炎の発症率が6-20倍増加し、挿管患者の8-28%にVAPが発症する1)。またVAPの致死率は24-50%、患者の状況や原因菌によっては76%にまでおよぶとの報告2)もあり、VAPへの対策は大侵襲手術後の管理を担うICUにおいてきわめて重要な課題である3)。
VAPの発症には人工呼吸期間が強く関係し、人工呼吸期間が1日延長するごとにVAP発症率が約1%上昇する4)。したがって早期の人工呼吸器からの離脱がVAP予防において重要であるが、離脱が容易でない患者・状況もまれでないため、発生機序を考慮した予防が必要である。VAPも含めた術後肺炎の感染経路は、血行性や飛沫・吸入によるものよりも、誤嚥や挿管チューブのカフ上貯留物の流入が主なものである1)。これらは胃食道からの逆流、口腔咽頭および副鼻腔に由来するものであり、米国CDCのガイドラインでは院内肺炎予防対策のひとつとして口腔ケアが明記されている5)。
2. 経口挿管中患者の口腔ケアにおける問題点
手術後にICUへ収容される患者は、絶食中であることに加え、鎮静剤、利尿剤など薬剤の副作用で唾液分泌が著明に低下する。さらに経口的に気管内挿管されていると閉口困難なため、口腔内の水分が蒸散し乾燥が助長される。その結果、口腔内の自浄作用が低下し、歯垢や舌苔などに含まれる微生物が増殖しやすい状況にあるため、絶食中であるが、口腔ケアの必要性が高いと言える。
しかしながら、経口挿管患者に対する口腔ケアは、チューブがあるためケアに使用する器具の到達性が悪く、誤抜管の危険性もあり、技術的に容易ではない。またICUの口腔ケアで中心的な役割を担う看護師は、ケアによる粘膜の損傷、特に歯肉からの出血や、出血部分からの菌血症を恐れる傾向にある。その上、多くの重症患者への対応に追われることから、時間・マンパワーが慢性的に不足しており、口腔ケアが後回し、あるいは不充分になりがちである。
つまり、自浄作用の低下で口腔ケアが必要であるにもかかわらず、技術的困難さ、ケア実施のリスク、時間・マンパワーの不足という状況にある。そのような背景から、口腔ケアの手順およびケアの達成度(清浄性)などを厳密に規定して肺炎予防効果を検討するのは難しいと思われる。
実際、エビデンスのある研究としてよく引用されるDeRisoらの論文においては、心臓バイパス手術を受けた患者を対象として1/2
オンス(約15cc)の0.12%グルコン酸クロルヘキシジン(CHX)で洗口、あるいは頬・咽頭・歯肉・舌・歯面への30秒間塗布(1日2回)によって院内肺炎の予防効果があったとされている6)。この研究では、ケアの手順は単純であるが、CHXによる除菌効果については検討されていない。
この他、 selective decontamination of the digestive tract
(SDD)として、抗菌薬による口腔咽頭を含めた腸管の除菌は院内肺炎予防に効果を示しているが、多剤耐性菌の出現などのリスクがあるため画一的な応用は推奨されていない1)。
3. 口腔ケアの対象としての歯垢
口腔ケアの対象物となる歯垢、舌苔、唾液のいずれにも微生物は含まれるが、歯周病菌を含めた細菌がきわめて高濃度に、しかもバイオフィルムという形で歯面に強力に付着していることから、歯垢の除去に重点を置くのが最も妥当7)と思われる。
ICU入室患者の歯垢の付着状況と院内感染については、Fourrierらの検討8)が有名である。1日6回の滅菌水による洗口を含めた標準的な口腔ケアを繰り返したにもかかわらず、ICU入室中の歯垢量(Silness&LoeのPlaque
Index)は増加し、肺炎や菌血症の発症に関連があると報告した。さらに、Plaque
Indexを評価したのと同部位から採取した歯肉縁上プラークを培養した結果から、歯垢は院内感染を生じる菌のリザーバーとなるため、歯垢に対する特別な歯科的介入を検討すべきとしている。
しかし、Fourrierら8)も指摘しているように、挿管患者に対する口腔ケアによる清浄化を歯垢の付着量で評価した研究は少ない。口腔を専門としない看護師と歯科専門職の間における口腔内評価の不一致9)は、看護師が歯垢付着の観察に不慣れであることが原因と思われる。そのため、「口腔ケアを実施した」とあっても、その質に大きな影響を及ぼす歯垢の付着も含めた清浄化ついては規定されていない場合が多い。これは、CHX6)やSDDのような化学的清掃の有効性に関する研究における共通の問題点である。
4.食道癌患者の術後肺炎・VAP予防のための口腔ケア
食道癌手術は、開胸・開腹を伴うため手術侵襲がきわめて大きく、他部位の手術と比べて経口気管内挿管が長期化しやすい。したがって、手術後にICUへ収容され人工呼吸管理が必要となる患者の中でもVAP発症のリスクが高い。また、抜管後も反回神経麻痺や食道の通過障害により、誤嚥を生じやすいことが知られている。
先のDeRisoらの研究6)は心臓のバイパス手術を対象としたものであることと、わが国ではCHXの使用に制限があることから、手術侵襲がさらに大きい食道癌患者の術後肺炎・VAPの予防には新たな口腔ケア方法を検討する必要がある。
先に述べた通り、ICUに収容されている患者の口腔ケア、特に経口挿管中患者ではケア実施上の制限が多く、ケアが容易ではないので、可能であれば術前からケアを開始した方が有利である。すでに、食道癌患者を対象として、術前から歯科が介入した結果、対象者26名において術後合併症である嚥下性肺炎は発症していなかったとの報告がある10)。介入前の肺炎の発症頻度については記載がないため不明であるが、肺炎の発症には多くの要因が関わるため、口腔ケアのみで肺炎を根絶させることは容易ではないと思われる。実際、歯科を含めたチームアプローチがなされている癌専門病院における胸部食道癌手術(3領域郭清)の術後合併症の発現頻度は70%(14/20)であり、その中には縫合不全、反回神経麻痺などとともに誤嚥性肺炎と膿胸が各1例含まれていた11)。ただし、この病院では「手術室で抜管、手術翌日には立位可」と、きわめて優れた管理がなされていると推察され、「術後1-3日で抜管」という通常の術後管理を実施している施設との単純な比較は難しいと考えられる。
5. 口腔ケアにおける歯科的介入方法
「術前」からの歯科的介入については、先駆的な例として、総合病院に「口腔ケアセンター」を設置し、周術期患者への口腔ケアが報告12)されており、その成果が期待されている。
食道癌手術のように術後肺炎やVAPの発症リスクが高い場合には、「術前」だけでなく、「術後」ICU入室中にも積極的に歯科が専門的口腔ケアを提供できれば、看護師によるケアの不足部分を補え、看護師の負担軽減にもつながるであろう。しかし、歯科のある病院は少なく、また歯科があっても周術期の口腔ケアへの取り組みは多くないのが現状である13)。マンパワーの不足はICUに限らず歯科でも同様で、「術後は必要に応じて」歯科が介入し、やはりICUでの口腔ケアの大半はやはり看護師に任せるというのが現実的であろう。
ただ、先にも述べたように、歯垢の付着を確認し、それを除去する作業は看護師らにとって容易でない。そこで、これまで多くの口腔ケア研究でされてきたように、看護師は化学的清掃を中心としたケアを実施する方が、患者の口腔内の状況や看護師の経験年数などによる影響が少なく、安定した結果を残せると思われる。言いかえれば、看護師による口腔ケアの優劣が、肺炎などの合併症の発現や予後に大きな影響を及ぼす可能性を低くできると思われる。
このような発想に基づいて私たちは、脳外科手術後慢性期にあり経口摂取せず経管栄養中である患者を対象とした検討において、歯垢をいったん完全に除去しておくと、その後は消毒剤を含ませた綿棒による清拭程度の簡単な口腔ケアでも歯垢の再付着は生じにくく、看護師による口腔ケアを簡略化できると報告し14)、これを「プラークフリー法」として紹介した15)。
本法は「歯垢の完全除去」という,清浄度に関して一定の基準を設定することで、これまでの口腔ケア研究における問題点の1つであった「ケアによってどのくらい清浄化したかの確認がなされていない」ことが解決できる点で意義深いと考えられる。このプラークフリー法を手術前に実施すれば、ICUに収容されてから口腔ケアを開始するよりも質の高いケアを容易に行うことが可能になると考えた。
6.本院における食道癌手術患者に対する周術期口腔管理
現在本院では、先の脳外科手術後慢性期における検討14)よりも患者の状態が重篤な食道癌手術患者にプラークフリー法を適用している。以下、その概要を紹介する。
患者は手術予定日の約1週間前に入院し、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科などとともに、歯科口腔外科外来を受診する。歯垢の再付着を生じにくくさせるための前処置として、歯科衛生士が歯石除去および歯面研磨を行い、歯科医師は臨床所見、X線写真などからプラークフリーの達成に支障を来す歯を手術までの期間にできる限り積極的に治療する(保存不可な歯の抜歯、不適合冠の修整・除去や(暫間)充填、咬合調整、暫間固定、義歯の補修など)。つまり、広義のプラークコントロールの概念を意識し、歯周病に対する「初期治療」に準じて口腔内環境を整備している。また患者に対してはブラッシング指導、周術期の口腔ケアの重要性について説明し、モチベーションの向上を図る。
手術前日の絶食開始後、歯垢染色液による着色を指標として、プラークフリーを達成し、粘膜へのケアとして0.02%塩化ベンザルコニウム綿球で舌背、頬粘膜、口蓋などを清拭する。絶食開始後とした理由は、患者自身のブラッシング能力は個人差が大きく、歯科での専門的ケア終了後から手術までの期間の食事によって、食物の圧入や残存、歯垢の再付着を生じる可能性を否定できないためである。
術後ICU入室中の看護師によるケアは、1日3回、各勤務帯で実施し、ブラッシングと洗浄および0.02%塩化ベンザルコニウム綿球(綿棒)による清拭を基本としている。しかし、時間・マンパワーの不足のため、経口気管内挿管中にはブラッシングできず、清拭のみになることもある。プラークフリーを持続させるためには口腔乾燥対策が非常に重要であるので、保湿を心がける。
7. 術前プラークフリー法の成績
対象患者がまだ少なく、まだ予備的検討であるが、以下に食道癌手術患者への術前プラークフリー法の成績を示す。
本院消化器外科に入院し、右開胸開腹食道亜全摘術を受けた患者を対象とし、術前プラークフリー法を実施した23例(PF群;2004年10月〜2006年3月)と、対照として術前プラークフリー法実施前の15例(C群;2003年10月〜2004年9月)を比較した。なお、術後に経口挿管とならない喉頭摘出術併施例およびPF群で無歯顎の症例は対象から除外した。
PF群23例(男性21名、女性2名)とC群15例(男性13名、女性2名)の背景因子を比較すると、年齢、手術時間、術中出血量はほぼ同等であった。
C群では、消化器外科からの依頼で当科を受診してから手術までの期間はPF群と同様であったが、動揺が著明な歯の抜歯など必要最小限の歯科治療と、プラークコントロールが著しく不良な場合のみ初診担当歯科医師から簡単なブラッシング指導が実施されていた。
PF群ではICU入室期間中、歯科医師あるいは歯科衛生士は連日訪床したが、歯垢の付着、舌苔の形成、乾燥度など口腔内の状態の確認にとどめ、看護師による口腔ケア方法の変更などの積極的な介入を控えた。なお、C群では特に訪床しなかった。
気管内挿管期間(2.3日:3.3日、PF群:C群、以下同)、ICU在室日数(6.0日:7.3日)、38℃以上の発熱日数(2.2日:3.1日)と、症例数が少ないためいずれも統計学的有意差はないものの、プラークフリー群で約1日短縮した。
C群では15例中3例(20%)に肺炎(VAP1例および抜管後の肺炎2例)を認め、いずれも経過中にMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が検出された。一方、PF群では23例中2例(8.7%)に肺炎(VAP1例および抜管後の肺炎1例)を認めたが、いずれも比較的軽症で、予後良好であった。また、MRSAなどの多剤耐性菌は検出されなかった(表)。
PF群でICU退室時において、歯頸部などの擦過による肉眼レベルでの新たな歯垢の付着は軽微であった。しかし、術後4-5日目頃から舌苔量が増加する症例が多く、また口腔乾燥の強い症例において、歯間部に上皮剥離物の堆積や口唇粘膜の亀裂を認めることがあったが、口腔内の全般的な清浄度はいずれも良好に保たれていた。
両群間で、ケアの手順やケアの回数などICU看護師による口腔ケアの方法を変更しなかった。しかし、口腔ケアを担当した看護師から、PF群ではICUへ入室した時点ですでに口腔内が清浄化されているので口腔ケアが行いやすい、きれいなので短時間で終了できる、といった感想が得られた。ICU入室期間中プラークフリーに近い状態が持続したことで、口腔ケアが容易となり、時間の短縮や看護師のストレス軽減にもつながったと思われた。
8. 今後の展望
食道癌手術患者に対する口腔ケアのさらなる質的向上を目指すならば、6時間以上にも及ぶ手術の途中の体位変換時などを利用した「術中」口腔ケアは検討されるべきである。
MRSAをはじめとする多剤耐性菌への院内感染対策も非常に重要な課題である。「MRSAが付着した医療器具で肺炎を生じる」というような外因性感染への対策に捉われがちであるが、患者自身が保菌している菌による内因性感染も忘れてはならない。鼻腔をはじめ、口腔や咽頭はMRSAが定着しやすいことから、院内感染の予防の一助にプラークフリー法のような歯垢の徹底的除去が寄与できるかもしれない。
術前プラークフリー法を標準的口腔ケアとして導入し、多施設共同によるランダム化比較試験の実施を検討していきたい。
術前プラークフリー法に関する調査は、(財)8020推進財団(理事長:大久保満男)の委託研究「入院患者に対する包括的口腔管理システムの構築に関する研究」(研究代表者:寺岡加代)の一部として実施された。また、その調査結果について、第50回日本集中治療医学会近畿地方会(2005年5月、奈良市)、第14回日本口腔感染症学会(2005年11月、いわき市)で発表した。
引用文献
1)American Thoracic Society:Infectious Diseases Society of America:Guidelines
for the management of adults with hospital-acquired,
ventilator-associated, and healthcare-associated pneumonia. Am J Respir
Crit Care Med 171: 388-416, 2005.
2)Chastre, J., and Fagon, JY.: Ventilator-associated pneumonia. Am J
Respir Crit Care Med 165: 867-903, 2002.
3)Fagon, J. Y., Chastre, J., et al:Nosocomial pneumonia and mortality
among patients in intensive care units. JAMA 275: 866-869, 1996.
4)Fagon, J.Y., Chastre J., et al:Nosocomial pneumonia in patients
receiving continuous mechanical ventilation. Prospective analysis of 52
episodes with use of a protected specimen brush and quantitative culture
techniques. Am Rev Respir Dis 139: 877-884, 1989.
5)Centers for Disease Control and Prevention: Guidelines for preventing
health-care-associated pneumonia, 2003:recommendations of CDC and the
Healthcare Infection Control Practices Advisory Committee. MMWR 53 (No.
RR-3): 8-9, 2004.
6)DeRiso A.J. U, Ladowski J.S., et al: Chlorhexidine gluconate 0.12%
oral rinse reduces the incidence of total nosocomial respiratory infection
and nonprophylactic systemic antibiotic use in patients undergoing heart
surgery. Chest 109: 1556-61, 1996.
7)岸本裕充、浦出雅裕:最新口腔ケア、第1版、照林社、東京、2001、50-53頁
8)Fourrier, F., Duvivier, B., et al:Colonization of dental plaque: a
source of nosocomial infections in intensive care unit patients. Crit Care
Med 26: 301-308, 1998.
9)Andersson, P., Hallberg, I.R., et al:Inter-rater reliability of an
oral assessment guide for elderly patients residing in a rehabilitation
ward. Spec Care Dentist 22: 181-186, 2002.
10)大西淑美、寺西典子、他:食道癌手術における歯科口腔外科の関わり 〜専門的口腔ケアの必要性〜.日衛学誌 31,59-62,2002.
11)坪佐恭宏(編):多職種チームのための周術期マニュアル3 胸部食道癌、第1版、メヂカルフレンド社、東京、2004年,156-173頁
12)大西徹郎、島末喜美子:周術期における口腔ケアの有用性についての検討.看護技術 51:1304-1307,2005.
13)山田祐敬:「病院歯科における口腔ケア実施に関する実態調査」報告書、8020推進財団、2004年,1-12頁
14)木山直子、小西佳織、他:経管栄養患者に対する口腔ケア簡略化の試み.日衛学誌 28:56-59,
1999.
15)丸川征四郎、岸本裕充: ICUにおけるオーラルケア−口腔ケアのスタンダード確立をめざして、第1版、メディカ出版、大阪、2000、138-150頁
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