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シンポジウム
『座長のことば』 感染性心内膜炎と歯科治療
座長:坂本 春生
(東海大学医学部付属八王子病院 歯科・口腔外科)
学会の最後に行われた本シンポジウムでは、 会場に満席の参加者の皆さんを含めて、 盛り上がった論議がみられた。 最初に登場した内藤先生の IE の地域歯科医師会会員に対する意識調査においては、 今回の結果と同様の調査を行った10年前との比較が見られ、 興味深い内容であった。 地域の歯科医に対する啓蒙に関わる貴重なデータが示された。 田口先生の講演は、 感染性心内膜炎の驚くべき超音波画像が次々と供覧され、 今にもはがれて飛んでいきそうな vegetation の画像など、 心内膜炎の全身疾患としての怖さを参加者に印象付ける内容であった。 中林先生は歯科医に対する教育講演と啓蒙とを合わせた力のこもった内容であり、 本シンポジウムの意義を明確に発信したものであった。 会場は緊張感に包まれた。 安藤先生の一過性菌血症の検討は、 歯科処置とそれに伴う菌血症の頻度についての検討結果を供覧し、 坂本は抗菌薬の予防投与のレジメの歴史的背景と現在の考え方について概説した。
いくつかの問題点につき論議がされたが、 参加者の耳目を集めたのは、 「抗菌薬の予防投与は現実にはどうしたらよいのかという」 点である。 すなわち、 アモキシシリンの2g経口投与は可能であるかとの疑問である。 実際には不可能であるとの前提で歯科医側の発言が進められていたが、 会場の参加者から実際に2g投与を行っているとの発言があり、 シンポジストの内科医にとってはわが意を得たりとのことであった。 歯科医としては、 明確な予防投与の根拠がない現在、 アモキシシリン2g が一人歩きすることには危惧があるが、 会場ではそのような方向へ論議が流れていくことになり、 座長としては驚き半分も含め、 興味が尽きないものであった。
その他、 様々な意見が会場からのべられ、 時間を大幅に超過したことは、 列車の時間も迫っていたこともあり、 座長の不手際であったことをお詫びしたい。 本シンポジウムは、 IE に対する基礎知識からその歯科的な意義、 対応を含め極めて幅の広い内容を凝縮した内容であったが、 その内容は深く、 今後の IE に対する予防投与の歯科医のとるべき対応について踏み込んだ議論がなされたことは、 企画したものとして望外の喜びとするものであった。 本シンポジウムを提案された椎木一雄会長の慧眼に改めて敬意を表する次第であり、 この場を借りて力のこもった講演をしていただいた各シンポジスト、 参加していただいたいわきの方々に深甚なる感謝の意を表します。
1. 感染性心内膜炎に対する意識調査
いわき市立総合磐城共立病院歯科口腔外科
内藤 博之
感染性心内膜炎 (Infective Endocarditis; IE) は現在も適切な治療が行われなければ致死的な疾患である。 その発症には、 心内膜の傷害から無菌性の疣贅の形成と、 一過性菌血症の存在が必要である。 菌血症は抜歯、 歯石除去、 感染根管処置などの観血的歯科治療で高頻度に認められ、 IE の誘因となる。 American Heart Association のガイドラインで抗菌薬の予防投与と適応が示されているが、 わが国でも2003年に日本循環器学会を中心に感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドラインが作成された。 われわれはこれにさきだつ1994年に福島県歯科医師会会員を対象に IE 対する意識調査を行ったが、 約10年を経過して IE に対する抗菌薬の予防投与の認識と普及の状況を検討するためアンケート調査を行った。
対象:いわき歯科医師会会員155名にアンケート用紙を送付し、 82名の会員から回答を得た。 (回収率53%)。
結果:
設問1. IE が歯科医療に原因があるとされていることを
‘よく知っている’46%、 ‘聞いたことがある’53%、
‘知らない’1%
設問2. 歯科治療によって IE を起こす可能性が高い基礎疾患について
‘よく知っている’33%、 ‘聞いたことがある’54%、
‘知らない’13%
設問3. IE の発症を予防するために、 歯科処置前に抗菌薬の投与が勧められていることを
‘よく知っている’44%、 ‘聞いたことがある’48%、
‘知らない’8%
設問4. 抗菌薬の予防投与を行う方法 (投与量、 投与時期など) について
‘よく知っている’17%、 ‘聞いたことがある’52%、
‘知らない’31%
設問5. 予防投与の知識はどこから得たか、 については雑誌、 書籍や学術講演会、 勉強会などから情報を得ている方が多かった。
設問6. 実際に予防投与を行って、 歯科治療をしたことがありますか
‘ある’35%、 ‘ない’65%
考察:歯科治療が IE の原因となりうること、 IE の誘因となる基礎疾患の存在、 抗菌薬の予防投与の必要性についての認識は高かった。 それに対して予防投与の方法については、 ‘よく知っている’という回答が設問1、 2、 3と比較して低く、 予防投与の実践的知識が不足していることを示唆しており、 AHA、 日本歯科医師会薬剤部会の勧告および JCS 2003で提唱されている IE に対する抗菌薬予防投与法が必ずしも一般臨床歯科医に認知、 理解されているとはいえない状況を伺わせた。 問題点として IE の認識と実践的な予防投与法について教育・啓蒙すべき機会が少ないこと、 推奨されている予防投与法が実情と乖離しているため受け入れにくいこと、 などが挙げられる。 今後の展望として IE に対する認識と理解を高めるために歯科医師、 循環器科医師ならびにハイリスクグループの患者の3者にわたる横断的な啓蒙活動の必要がある。
2. 感染性心内膜炎とはどんな病気か
東海大学八王子病院循環器内科
田口 淳一
感染性心内膜炎は、 心内膜とりわけ弁膜にフィブリンと血小板が凝集沈着し、 その中に菌が定着している感染巣疣腫 (ゆうしゅ:vegetation) を作り、 かつ弁組織を破壊する敗血症の1つで、 不明熱の主要な原因です。 そして、 急性−慢性感染症状、 塞栓症状、 心不全症状などの多彩な臨床症状を示し、 自然治癒傾向のない進行性の重症全身性感染症です。
感染性心内膜炎を発症しやすい状況としては、 まずリウマチ性弁膜症や先天性心疾患 (大動脈二尖弁、 心室中隔欠損症など)、 高齢者の大動脈弁狭窄症や僧帽弁逸脱症を持った人が挙げられます。 また心臓手術後の人もリスクが高いと考えられます。 このような人では心臓内の血流異常などで心内膜に傷がありそこに菌が付着・増殖しやすいと考えられています。 特に高齢者の大動脈弁狭窄症や僧帽弁逸脱症は自覚症状が無いことが多く、 発症するまでこれらのリスクファクターの存在に気付かない可能性があります。 その他に高齢、 栄養不良、 消耗性疾患、 副腎皮質ステロイド等の多用などによる免疫力低下状況があればよりリスクが高まります。
次に発病のきっかけとなる起炎菌の侵入機転は、 抜歯などの歯科的手技、 扁桃腺摘出などの耳鼻科的手技、 出産・流産・妊娠中絶等の婦人科的手技、 尿道カテーテルなどの泌尿器科的処置、 心カテーテル検査などの経血管的手技、 中心静脈栄養などのための長時間のカテーテル留置および長期の血液透析などが挙げられています。 このうち頻度がもっとも高いものとして歯科的手技が考えられています。
感染性心内膜炎は発症病態から急性と亜急性に分類され、 また自然弁と人工弁の違いによっても分類されます。 本症の起炎菌としては緑色レンサ球菌(緑連菌)、 ブドウ球菌が多く、 腸球菌、 レジオネラ、 リケッチア、 真菌などもあります。 原因疾患や患者の状況などにより起炎菌を想定して治療する場合もあります。
症状は、 感染症状 (持続性の発熱、 炎症反応上昇など)、 血管塞栓症状 (点状出血, 爪下出血、 Osler 痛斑 (指趾)、 Roth 斑 (眼底) および主要動脈塞栓による心筋梗塞をはじめとする重大な臓器症状、 心症状 (心雑音、 心不全など、 特にその症状の新規出現や悪化が重要) です。
しかしながら症状の出る前、 不明熱や長引く風邪と見えるときに、 膠原病などと鑑別し積極的に発見する努力が大切です。 診断は抗生物質を使用する前に繰り返し血液培養を施行し、 起炎菌を同定する努力がもっとも重要です。
抗生物質投与中のときは48時間以上投薬を中止し血液培養を行いますが、 不明熱に漫然と外来で経口抗生物質が投与されていた場合には結局血液培養陰性であることが多く、 治療に支障をきたします。 実際に不明のまま弁置換手術に望み、 その弁を取り出してもその組織培養で菌が判明するのは8%程度、 強力な PCR で菌の遺伝子検査をして菌を推定できる可能性も40%までと言われています。
心臓超音波検査は穿孔や腱索断裂などの弁破壊や付着した疣贅を発見でき重要ですが、 石灰化の強い大動脈弁狭窄症や人工弁の場合には判別困難な場合もあります。
治療は起炎菌に有効な抗生物質を、 MIC (最小発育阻止濃度) の5倍から10倍の血中濃度を維持するように工夫して長期大量投与が必要となります。 最も多い緑色レンサ球菌(緑連菌)の場合にはペニシリンGを通常4週間以上使用します。 起炎菌不明の場合や治療を急ぐ場合には治療プロトコールが決まっています。 また内科治療に抵抗性の場合、 弁機能不全進行の場合、 疣贅が大きく塞栓症の恐れがある場合には外科的治療の適応となります (図1)。 また微小塞栓による細菌性脳動脈瘤が出現することもあり、 心臓手術中などの重大な脳出血の可能性も生じるので、 その有無をあらかじめ精査する必要があります。
3. JCS 2003から考えること 歯科医への提言
北海道医療大学歯学部内科学講座
中林 透
感染性心内膜炎 (infective endocarditis:IE) は、 弁膜を中心とした心内膜に細菌集簇を含む疣腫を形成し、 持続的な菌血症を生じることにより、 心症状のほか血管塞栓などによる多彩な症状を呈する全身性敗血症性疾患である。 IE の発症頻度は人口100万人当たり年間10〜50例とされ、 近年でもあまり減少していない。 抗菌薬や外科的治療法の進歩により、 診断例での予後は改善したが、 適切な治療が遅滞なく行われないと致命的となる重篤な疾患である。 一般に IE に最も関連する細菌は口腔内常在菌である緑色レンサ球菌 (口腔レンサ球菌) であり、 歯科処置はこれらの一過性菌血症を引き起こし、 IE の原因となり得る。 わが国における Nakatani らの全国アンケート調査では、 原因が明らかな411症例中146例 (35%) を歯科処置が占め、 IE の原因として最も多い 1)。
このような現状のもと日本循環器学会、 日本心臓病学会、 日本胸部外科学会、 日本小児循環器学会の合同研究班が2003年まとめた“IE の予防と治療に関するガイドライン (以下 JCS 2003)”は IE の診療を強くサポートするものであり、 その序文には最も大切な5つのポイントが示されている。 即ち (1) ハイリスク例に対する適切な予防措置、 (2) 的確な診断、 (3) 有効な抗菌薬の選択、 (4) 合併症の早期発見、 (5) 時宜を得た外科的治療であり、 予防が第1にあげられている 2)。
また患者の IE に対する理解が深まるよう提案されたハイリスク患者に携行させる“ガイドメモ”の中では、 歯科処置と IE の関連、 IE 発症予防のための口腔内清潔の保持や抗菌薬予防投与の必要性などが示されており (表1) 2)、 今後患者が IE について十分な知識を持って歯科を受診する可能性があることに歯科医師諸兄は留意すべきである。
歯科処置に関連する IE の発症を減少させるためには、 (1) IE のハイリスク群の認識 (表2) 2) 、 (2) IE を引き起こす出血を伴う歯科処置の認識、 (3) アモキシシリン2g 処置前1時間前投与を原則とする抗菌薬の予防投与法の理解と実践が重要である。 IE 予防の実践のために必要な IE のハイリスク群の拾い上げには、 正確な問診が重要であり、 その際には高齢者特に男性の場合には、 加齢とともに心弁膜症の罹患率が高くなること 3)、 一方心雑音の存在に気づいていない、 あるいは心雑音の存在を明らかにしたがらない傾向が顕著であること 4) などにも留意して問診を行う必要がある。 また主治医が循環器内科専門医でない場合には、 JCS 2003で 示された抗菌薬の処置前投与による IE の予防法を熟知していない可能性が現時点では高く, JCS 2003のプロトコールを示しながら主治医と連携を取ることや、 時には循環器専門医への患者の紹介も必要となることを銘記していただきたい。
文献
1) Nakatani, S., Mitsutake, K., et al. : Current characteristics of infective endocarditis
in Japan: an analysis of 848 cases in 2000 and 2001. Circ J. 67: 585-591, 2003.
2) 宮武邦夫、 赤石 誠他:循環器病の診断と治療に関するガイドライン (2001-2002年度合同研究班報告) 感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン.
Circ J. 67 [Suppl. IV] : 1039-1109, 2003.
3) Freeman, R. V. and Otto, C. M. : Management of asymptomatic valvular aortic stenosis. Indian Heart J. 54 : 31-38, 2002.
4) Randall, C. W, , Kressin, N. R., et al. : Heart murmurs: are older male dental patients aware of their existence? J Am Dent Assoc. 132 : 171-176, 2001.
4. 一過性菌血症と歯科治療
東京女子医科大学医学部歯科口腔外科学教室
安藤 智博
はじめに)
2003年に発表された感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン 1) の歯、 口腔、 呼吸器、 食道の項には乱暴なブラッシングは菌血症の誘因になると記されている。 歯科治療、 特に出血を伴う治療においては、 一過性の菌血症が起こると言われている。 菌血症とは循環血液中に生菌が存在することで、 歯科を含めた医療に関連した外傷により一過性に起こる場合がある。 菌血症は一過性のものがほとんどであるが、 感染により持続的または繰り返し起こることがあるのでここではあえて一過性菌血症とした。 第14回日本口腔感染症学会の 「感染性心内膜炎と歯科治療」 と題するシンポジウムのなかで私どもが行った抜歯後の血液培養による一過性菌血症の発現率 2) と消毒、 抗菌薬の効果 3) を含め歯科治療と一過性菌血症との関連について述べる。
われわれの検討)
東京女子医科大学倫理委員会の承認を得、 患者の同意のもと抜歯直後と15分後に肘静脈より採血した。 採血部位は70%エチルアルコールで清拭乾燥後、 7.5%ポビドンヨードで消毒した。 採血した静脈血は、 直ちに抗菌薬の吸着剤入りのカルチャーボトル、 BACTEC PLUS Aerobic/F, BD BACTEC PLAS Anaerobic/F (Becton Dickinson, USA) に注入した。 培養、 同定は (株) エスアールエルに依頼した。 抜歯症例は57例で以下の5つのグループに分けた (表1)。
結果はポビドンヨードの含嗽、 抜歯部の消毒を行った智歯の抜歯では11例中6例 (54.5%) が陽性であり、 消毒なしでも54.5%であった。 抗菌薬の術前投与では PIPC1g の静注では9例中5例 (55.5%) が陽性であり AMPC500mg の経口投与では15例中8例 (53.3%) が陽性であった (表2)。 検出菌はどの群でもほとんどが口腔連鎖球菌であり、 Streptococcus constellatus が最も多く、 その他の Streptococcus 属、 Staphylococcus 属、 Propinibacterium acnes などが検出された (表3)。
歯科治療後の一過性菌血症)
さまざまな口腔処置後の菌血症の発生率は多くの研究者によって評価検討されている。 Hall ら 4) はこれらの報告を総論としてまとめて報告している。 それによれば歯根膜内注射が97%、 歯周外科処置58%、 歯内療法42%抜歯40%などであり、 咀嚼によっても38%となっている (表4)。 Roberts 5)は肉眼的に出血のある場合とない場合の歯科処置における菌血症の頻度を調べ出血のない歯みがきでも37.5%、 ポリッシング33.3%、 歯科健診17.6%で菌血症が起こると述べている。 しかし、 彼は歯科処置よりも毎日の行いによる菌血症の方がはるかに多いと強調している。 抜歯後に生じる菌血症の発現率については培養法などの違いによりさまざまな報告があり、 本邦の報告では森島ら 6) の69%、 坂本 7) の75%などがある。 私どもの結果は予防投与なしで54.5%であったが、 採血量、 培地、 また培養不可能な菌などを考えると抜歯後の一過性菌血症は100%と考えても良いと思われる。 また、 今回の結果では抜歯部位の消毒、 抗菌薬の術前投与ともに菌血症の発生を減少させることは出来なかった。
おわりに)
口腔の細菌数を減らせば循環血液中に入る生菌の数は少なくなる。 ハイリスク患者における歯科における感染性心内膜炎の予防法 1) に口腔内洗浄の推奨、 定期的な歯科受診、 正しい口腔内ケアが挙げられる所以である。 抗菌薬の術前投与は菌との作用時間などのため一過性の菌血症の予防にならないとしても、 感染性心内膜炎の予防にならないということではないと心しなければならないと考えている。
1) 宮武邦夫、 赤石 誠、 他:感染性心内膜炎の治療に関するガイドライン. Circulation J 67 suppl.W: 1039-1082, 2003
2) 山村崇之、 安藤智博、 他:抜歯後菌血症の経時的変化. 口科誌51:554, 2002
3) 山村崇之、 安藤智博、 他:抜歯後菌血症の経時的変化 第二報:患歯の差異と消毒効果について. 日口外誌49:924, 2003
4) Hall, G., Heimdahl, A., et al : Bacteremia After Oral Surgery and Antibiotic Prophylaxis for Endocarditis. Clin Infect Dis 29: 1-10, 1999.
5) Roberts, G J: Dentists Are Innocent! “Everyday Bacteremia Is Real Culprit: A Review and Assessment of the Evidence That Dental Surgical Procedures Are a Principal Cause of Bacterial Endocarditis in Children. Pediatr Cardior 20: 317-325, 1999
6) Morisima, T. and Sasaki, J. : Transient bacteremia after tooth extraction. Oral Therapeutics Pharmacology 13: 48-58, 1994
7) 坂本春生: 定量的血液培養法を用いた抜歯後菌血症の解析-特に抗菌薬予防投与の影響について-. 鶴見歯学22: 161-173, 1996
5. 抗菌薬の予防投与について
東海大学医学部付属八王子病院 歯科・口腔外科
坂本 春生
感染性心内膜炎 (Infective Endocarditis:IE) は、 歯科処置がその主要な誘因の一つと考えられている。 その理由は、 IE から検出される細菌が口腔内の常在菌である口腔レンサ球菌が多いことがあげられる。 そのため、 一過性の菌血症を惹起しそうな歯科処置 (抜歯、 感染根管処置、 スケーリングなど) を行う際には、 抗菌薬の予防投与が薦められ、 米国心臓学会などから詳細なレジュメが改定を重ねて発行されている。 現在のレジュメではアモキシシリン2g あるいは3g の術前一時間前の経口投与が薦められている。 アモキシシリンは吸収性がよく、 血液中濃度が持続すること、 が特徴である。 本邦では、 アモキシシリンよりも使い慣れたペニシリンのプロドラッグを代用することも多く、 実際にはアンピシリンの点滴投与がなされることも少なくない。
近年、 歯科処置などの際の抗菌薬の予防投与の効果に関して、 否定的な意見が欧米から多く出されている。 また、 抗菌薬の予防投与によっても、 IE の発症を防げなかった失敗例の報告が相次いでいる。 Strom らによる273例の検討では、 ある特定の歯科処置が、 たとえ抜歯でさえ、 心内膜炎との特別な関連は認められなかった。 これを受けて Durack は歯科処置における予防投与をスケールバックする時がきたと述べている。 彼によると、 抜歯と歯肉切除 (インプラント外科) 以外の歯科処置に関して抗菌薬の予防投与は必要ない。 さらに、 対象とする疾患も、 人工弁の入っている患者か、 以前に心内膜炎の既往がある例のみでよい。 との大胆な総説を発表している。 また、 日常の歯磨きや咀嚼などにより引き起こされる菌血症のリスクのほうが抜歯などより1000倍高いなどというような論旨の報告も多い。 これらの意見に対しては、 米国歯科医師会などから反対の statement がだされている。
現実には、 例えば IE 発症の危険性のある人工弁置換術後患者に対し、 抗菌薬の投与なしで歯科処置を行うことは考えられない。 しかし、 疾患の重症度と症例の少なさ、 倫理的な側面から考えて、 抗菌薬を投与しないプラセボ群を設定する臨床比較試験は困難なのであり、 予防投与の有効性をヒトにおいて検討するのは不可能であり、 議論に結論が出ることはない。
本邦ではアモキシシリン2g の経口投与が現実的に可能であるか、 疑問を挟む意見が多い。 その理由は、 実際にアモキシシリン250mg 錠の8錠を服用することが可能であるかどうかの疑問である。 もっとも心配されるのは下痢などの消化器症状であろう。 実際に AHA のレジメに沿って使用している歯科医は限られているものと思う。 会場からは AHA のレジメを踏襲しているとの報告もあった。 開業歯科医が行うことのできる現実的な対応は何か、 病院歯科の役割は何か、 歯科医師会の啓蒙活動、 内科医への働きかけなど、 検討すべき内容は多く残されていると考えられた。
参考文献
1. 坂本春生、 青木隆幸 他 感染性心内膜炎と歯科治療―予防のために知っておくべきこと−抗菌薬の予防投与における理論的背景とその問題点 歯界展望 104:1020-1027;2005
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