上顎洞に迷入したガッタパーチャポイントが原因と考えられる上顎洞真菌症の1例

 

岡部孝一 1)、 宮田 勝 1)、 高木純一郎 1)、
名倉 功 1)、 坂下英明 2) 

Mycosis of Maxillary Sinus due to Gutta-percha Point 
Entered the Maxillary Sinus: A Case Report

Koichi OKABE 1), Masaru MIYATA 1), Junichiro TAKAGI 1),
Isao NAGURA 1), Hideaki SAKASHITA 2)

Abstract:A 47-year-old woman came to our department with the complaint of left maxillary pain. X-ray examinations revealed that a foreign substance of a gutta-percha point entered the maxillary sinus, causing maxillary sinusitis. Under a clinical diagnosis of odontogenic maxillary sinusitis, a sinusotomy was performed. Histopathological examination showed fungal balls around the gutta-percha point. From these findings, we diagnosed as mycosis of maxillary sinus (non-invasive type Aspergillosis). Postoperative progress is fine. 

Key Words:maxillary sinus (上顎洞)、 mycosis (真菌症)、 aspergillosis (アスペルギルス症)、 gutta-percha point (ガッタパーチャポイント)、 non-invasive type (非侵襲型) 

1) 石川県立中央病院歯科口腔外科 (主任:宮田 勝部長) 
  Department of Dentistry and Oral Surgery, Ishikawa Prefectural Central Hospital (Chief:Dr. Masaru MIYATA)
2) 明海大学歯学部口腔外科学第2講座 (主任:坂下英明教授) 
  Second Department of Oral and Maxillofacial Surgery, Meikai University School of Dentistry (Chief: Prof. Hideaki SAKASHITA)
〔2005年8月3日受付2005年9月30日受理〕 

緒  言
 真菌症は一般的に免疫抑制状態の患者、 癌患者などの全身的要因から語られることが多かった。 副鼻腔真菌症もそのような背景を持つことが多いが、 健常者での報告も多く、 局所的要因から発症する場合も少なくないと推察される。 
 従来、 口腔外科領域での副鼻腔真菌症の報告は比較的まれとされてきたが、 最近になり口腔外科領域でも報告数が増加してきており、 われわれも過去に同症例を報告してきている 1−4)。 
 今回は、 上顎洞に迷入したガッタパーチャポイント (gutta-percha point、 以下 GP) 周囲に真菌塊を形成した副鼻腔真菌症の1例を経験したのでその概要を報告する。 

症  例
患 者:47歳、 女性
既往歴:卵巣疾患、 甲状腺疾患、 掌蹠膿疱症にて加療中。 
家族歴:特記事項なし。 
初 診:平成17年3月8日。 
主 訴:左側上顎部の疼痛
現病歴:上記主訴にて某歯科医院を平成13年7月18日受診した。 左側上顎洞内に GP と思われる異物を認めたため、 歯性上顎洞炎の診断にて薬物療法を受けた。 手術に同意が得られず経過を観察していた。 平成15年1月、 4月、 17年1月にも上記症状が出現し薬物療法にて消炎を行った。 同年3月に再燃、 手術療法に同意が得られたので当科来科した。 
現症:
身体所見;体格中等度、 栄養状態良好。 
口腔外所見;顔面は左右対称で顔色良好であった。 左側鼻閉感を認めたが、 鼻漏、 後鼻漏は認められなかった。 
口腔内所見;│6に軽度の打診痛を認めた。 
レントゲン所見;パノラマX線、 Waters 法X線にて左側上顎洞の半不透過性陰影と5o程度の GP と思われる異物を認めた (写真1、 2)。 

CT 所見:左側上顎洞内に軟部陰影の充満が認められた。 内部に針状の異物を認めた。 周囲に high density area を認めた (写真3)。 

臨床診断:│6根尖性歯周炎および上顎洞内異物 (GP の疑い) に起因する歯性上顎洞炎
処置および経過
 左側頬部から眼窩にかけての激痛が出現したため3月16日消炎目的に当科入院した。 セファゾリンの静脈内投与およびクリンダマイシンの経口投与による消炎を行い、 3月23日、 いったん退院した。 前医にて│6の感染根管処置を受けるも排膿が続き保存不可能と判断された。 再度手術目的に 4月8日、 当科入院した。 
 平成17年4月11日、 全身麻酔下に上顎洞根本手術、 原因歯 (│6) 抜歯、 上顎洞内原因異物除去、 │6部口腔上顎洞瘻閉鎖術を施行した。 
 開洞したところ著しく肥厚した上顎洞粘膜が認められたため可及的に一塊として除去した。 術前に CT などで確認されていた異物はピンク色で GP と判断された。 その周囲は灰白色の泥状の塊として認められた。 
 │6の口蓋根が上顎洞内に突出しており、 これも原因と判断された。 通法に従い上顎洞根本手術、 │6抜歯術、 口腔上顎洞瘻閉鎖術を施行した。 創部はシーネで保護した。 
病理組織学的所見:上顎洞粘膜には形質細胞、 リンパ球浸潤を認め、 非特異的慢性炎が認められる。 菌塊様異物は、 中心部に歯科材料と思われるピンク色の異物があり、 周囲を真菌塊が取り囲んでおり、 いわゆる fungal ball を形成していた (写真4)。 比較的菌糸の短い、 分枝した真菌が認められた (写真5)。 


最終診断:上顎洞真菌症 (アスペルギルス症) 
 術後経過は良好で4月24日、 当科退院した。 一過性に左側頬部知覚鈍麻が認められたが、 ビタミン剤投与にてほぼ回復し術後経過は良好である。 引き続き経過を観察する予定である。 
考  察
 副鼻腔真菌症の性差については女性に多いとする報告が一般的であり、 年齢分布に関しては50歳代に多いとされている 1), 2)。 片側性がほとんどであるが両側性の報告もある 5)。 
 副鼻腔真菌症の原因真菌はアスペルギルス属が大半を占めるが、 次いでカンジダ属 6)、 ムコール属 7)が占める。 本症例では微生物学的に真菌を証明することはできなかったが、 比較的短い、 分枝した真菌が認められ、 病理組織学的所見よりアスペルギルス症と診断した。 
 副鼻腔真菌症の術前診断は比較的困難である。 X線所見としては片側性の副鼻腔陰影として認められるのが大半である。 CT 所見としては、 片側上顎洞の low density の中に high density area を認めること、 high density area は上顎洞内側壁、 特に自然孔付近に著明に認めること、 などがあげられる 1, 2)。 本症例でも以上のような所見が認められたが術前診断には至らず、 術中所見より上顎洞真菌症が疑われた。 
 野田ら 8) は、 アスペルギルス属の特異的マーカーとしてのガラクトマンナン、 真菌特異的マーカーとしてのβ-D-グルカンと臨床経過とに強い相関が認められたと報告しており、 真菌症の診断および治療経過の判定に有用であることが示された。 
 Hora ら 9)は、 鼻副鼻腔アスペルギルス症を non-invasive type (非破壊型、 非侵襲型、 非浸潤型、 寄生型) と invasive type (破壊型、 侵襲型、 浸潤型) に分類し、 さらに McGill ら 10)は、 fluminant type (電撃型、 劇症型) を付け加えた。 
 柳 11)は、 いわゆる鼻性の non-invasive type 副鼻腔真菌症を、 TypeT:真菌塊が篩骨洞に存在し、 上顎洞の陰影は二次感染によるもの、 TypeU:真菌塊が上顎洞に限局するもの、 TypeV:膜様部が破壊され、 上顎洞と前篩骨洞に真菌塊が存在するものに分類し、 TypeTに対しては上顎洞洗浄、 TypeUに対しては手術療法が適応であり、 TypeVに対しては、 膜様部が破壊されていれば、 そこから真菌塊を取り除くべきとしている。 
 本症例は歯性上顎洞炎併発症例であり、 抜歯と同部の口腔上顎洞瘻の閉鎖、 異物を伴った真菌塊の除去を行わなければならなかったので、 Caldwell-Luc 法に準じて上顎洞根本手術を行った。 
 non-invasive type では一般的に抗真菌薬の投与は不要とされており、 本症例も同 type であり、 真菌塊が限局されて存在していたので術後の抗真菌剤の投与は行わなかった。 
 まれではあるが、 non-invasive type に対する上顎洞根本手術後に再発をきたした症例の報告もあり 12)、 留意を要する。 
 口腔外科領域での invasive type の報告は比較的まれである。 高橋ら 13)は、 乳癌の転移によると思われる癌性胸膜炎を有する患者に発生した invasive type の上顎洞アスペルギルス症に対して、 フルコナゾール (fluconazole) の長期投与で効果を示した1症例を報告している。 
 また笠井ら 14)は、 骨破壊をともなった invasive type の上顎洞アスペルギルス症の1例を報告している。 上顎洞後外側壁が破壊され、 その病変が外側翼突筋、 側頭筋に進展しており、 真菌塊を示す軟組織の陰影、 石灰化像は認められなかったため悪性腫瘍が疑われたが、 真菌培養は陰性であった。 病変の除去 (上顎洞根本手術) に加えて抗真菌剤の全身投与を行い経過良好と報告している。 
 Fluminant type は急激に眼窩や頭蓋内へと進展する予後が不良なタイプでアスペルギルス症やカンジダ症は悪性腫瘍末期患者など、 免疫能の著しく抑制された症例に発生する。 最大の risk factor は顆粒球減少症の長期化とされている 11)。 
 副鼻腔真菌症の発症機序に関して木下ら 15)は以下のように考察している。 すなわち、 歯性感染症により上顎洞炎が生じ、 次に呼吸の過程で自然孔から侵入した真菌が炎症局所に生着する。 生体の免疫能低下や菌交代現象等により副鼻腔真菌症が生じるとしている。 
 また石倉ら 16)も、 重篤な疾患がなくても慢性上顎洞炎によって線毛運動の機能低下や分泌物の停留があった場合、 鼻腔を通じて上顎洞内に吸引された分生子、 胞子類の繁殖は容易であるとしている。 
 さらに Beck-Mannagetta ら 17)は、 酸化亜鉛ユージノールおよびパラホルムアルデヒド含有の根管充填材が洞内に迷入して洞粘膜の炎症や壊死を生じ、 アスペルギルスの感染を容易にしたと報告している。 
 また、 Kobayashi ら 18)は亜鉛化ユージノール系の歯科根管充填材はアスペルギルスの増殖を促進している可能性があるとしている。 
 従って、 本症例ではその発症機序を以下のごとく推察した。 すなわち、 │5あるいは│7原因による歯性上顎洞炎が先行し線毛運動の機能低下が認められていた。 自然孔付近に GP が迷入し、 その周囲に残存した亜鉛化ユージノール系根充材により洞粘膜の炎症や壊死を生じた。 何らかの原因で上顎洞に真菌が入り込み自然孔付近に存在していた GP に付着した。 さらに抗菌剤の投与を幾度か受け、 菌交代症により、 アスペルギルスの細菌に対する発育阻止能も手伝って 19)、 真菌が病巣内で優位となり、 真菌症が発症進展した可能性が高いと思われる。 
結  語
 今回われわれは、 ガッタパーチャポイント (GP) の上顎洞内迷入が原因と思われた上顎洞真菌症の1例を経験し、 その診断、 治療、 発症機序についての考察とともに報告した。 

 稿を終えるにあたり、 病理診断にご尽力頂きました当院病理科車谷宏科長に深謝いたします。 


引用文献
1) 坂下英明、 宮田 勝、 他:上顎洞アスペルギルス症の2症例. 口科誌 41:478−484、 1992.
2) 坂下英明、 宮田 勝、 他:骨腫を伴った上顎洞アスペルギルス症の1例. 日口診誌8:122−126, 1995.
3) 齋藤貴一郎、 坂下英明、 他:上顎洞アスペルギルス症の1例. 日口診誌 11:486−490, 1998.
4) 高木純一郎、 宮田 勝、 他:画像診断で偶然発見され真菌培養によって同定された上顎洞アスペルギルス症の1例. 近畿北陸地区歯科医学大会 52:47−51, 2000.
5) 辻内実英、 二宮一智、 他:両側上顎洞に発症したアスペルギルス症の1例. 日口外誌 48:114−117, 2002.
6) 小川 淳、 渋井 暁、 他:上顎洞カンジダ症の1例. 日口外誌 47:324−326, 2001.
7) 川上譲治、 武藤壽孝、 他:上顎洞ムコール症の1例. 日口外誌 44:592−594, 1998.
8) 野田佳子、 桃田幸弘、 他:上顎洞に発症したアスペルギルス症の1例―血清学的検査の有用性についての考察―. 日口外誌 47:811−814, 2001.
9) Hora, J. F.:Primary aspergillosis of the paranasal sinuses and associated areas. Laryngoscope 75:768−773, 1965.
10) McGill, T. J., Simpson, G. et al:Fulminant aspergillosis of the nose and paranasal sinuses; a new clinical entity. Laryngoscope 90:748−754, 1980.
11) 柳 清:副鼻腔真菌症 (今日の耳鼻咽喉科頭頸部外科治療指針)、 第2版、 医学書院、 東京、 2003、 251−253頁.
12) 伊庭徹也、 山本 学、 他:上顎洞にアスペルギルス症の再発が疑われた1例. 日口診誌 14:113−117, 2001.
13) 高橋由美子、 櫻井一成、 他:癌末期症例に見られた、 上顎洞アスペルギルス症の1治験例. 日口外誌 41:805−807, 1995.
14) 笠井郁雄、 大西 真、 他:悪性腫瘍を疑った、 骨破壊を伴った上顎洞アスペルギルス症の1例. 日口外誌 41:1089−1091, 1995.
15) 木下 智、 覚道健治、 他:嫌気性菌を同時に分離した副鼻腔真菌症の1例. 日口外誌 44:1008−1010, 1998.
16) 石倉武雄、 河村正三、 他:真菌性上顎洞炎の臨床的並びに病理組織学的所見. 日耳鼻 72:857−867, 1969.
17) Beck-Mannagetta, J. and Necek, D.:Radiologic findings in Aspergillosis of the maxillary sinus. Oral Surg 62:345−349, 1986.
18) Kobayashi, A. and Hiraga, C.:Influence of dental root-filling material on the growth of Aspergillus. Jpn J Oral Diag/Oral Med 13:210−213, 2000.
19) 木下 智、 尾上孝利、 他:上顎洞真菌症の1例―微生物学的検討―. 日口外誌 47:703−706, 2001.