歯性上顎洞炎から継発した眼窩蜂窩織炎の1例

 

楠 公孝、 熊切栄子、 須賀正子、 山崎 正


A case of orbital cellulitis arising from odontogenic sinusitis.
Kimitaka KUSUNOKI, Eiko KUMAKIRI, Masako SUGA, Tadashi YAMAZAKI

Abstract:We experienced a case of orbital cellulitis arising from odontogenic sinusitis in a 23-year-old woman. She complained of painful swelling extending from the right buccal region to the orbit. On examination, she was unable to close her right eye with proptosis and had diplopia.
 Orthopantomography revealed the existence of periapical lesion of the right upper second and third molars. CT scans confirmed the proptosis of the right eye. The right maxillary and ethmoid sinuses, and a part of the ipsilateral orbit were clouded with high density. The right upper eyelid was punctured;α-Streptococcus hemolyticus was detected in the pus. Therefore, The odontogenic infection caused by apical periodontitis of the right upper molar tooth was considered to have spred to the orbit. Swelling and eye symptoms relieved with antibiotic therapy and spontaneous drainage through the puncture wound. Then, we performed the Caldwell-Luc operation, obtaining a good outcome without aesthetic disturbance. We concluded that for orbital cellulitis arising from odontogenic sinusitis, early drainage for the cellulitis, followed by surgical treatment of the sinusitis would be necessary. 
Key Words:orbital cellulitis (眼窩蜂窩織炎), odontogenic sinusitis (歯性上顎洞炎) 

小諸厚生総合病院歯科口腔外科 (主任:山崎 正医長) 
Komoro Kosei General Hospital Dentistry and Oral Surgery (Chief:Tadashi Yamazaki) 
〔2005年8月3日受付2005年9月30日受理〕 

緒  言
 重篤な歯性感染症の発症は、 抗菌薬の発達により遭遇する機会が少なくなった。 しかし、 発症時の不適切な対応や、 患者の全身状態を十分把握していないことにより重症化することがある。 また不完全な歯科治療により生じる歯性慢性病巣が、 隣接組織へ波及することはよく知られている。 
 今回、 上顎大臼歯部の根尖性歯周炎に由来し、 上顎洞炎、 眼窩蜂窩織炎と波及し、 眼球突出、 複視を伴う眼窩膿瘍を形成した症例を経験したので概要を報告する。 

症  例
患 者:23歳 女性
主 訴:右顔面の腫脹と疼痛
初診日:2005年1月20日
既往歴:特記事項なし
現病歴:2005年1月13日、 右上顎大臼歯部の疼痛のため、 近歯科医院にて右上顎第二大臼歯の根管治療を受けた。 1月17日の治療後、 38℃以上の発熱があり、 右上顎頬側歯肉部の腫脹、 疼痛が出現した。 18日、 同歯科医院を受診したが、 無処置で、 薬も処方されなかったため不安を感じ、 近内科医院を受診した。 内科医から抗菌薬 (CFPN-PI 3錠/日)、 鎮痛剤 (ジクロフェナクナトリウム2錠 頓服) を投与され、 2日間服用したが、 右眼周囲に腫脹が波及し、 閉眼不能となったため当科を受診した。 
現 症:
全身所見;身長162p、 体重54s、 血圧124/81oHg、 体温は37.5℃で、 全身倦怠感を認めたが、 摂食障害はなかった。 
口腔外所見;右頬部から右眼周囲にびまん性の腫脹があり、 表面皮膚に熱感、 緊張がみられた。 特に右上下眼瞼の腫脹は著明で、 眼球が突出、 眼球運動に制限があり、 閉眼不能で複視がみられた。 (写真1)
口腔内所見;開口障害はなく、 右上顎頬側歯肉の発赤、 腫脹、 疼痛があり、 右上顎第二大臼歯は C 3で、 打診痛があったが、 動揺を認めなかった。 右上顎智歯は粘膜下にあり、 萌出していなかった。 


臨床検査所見 (初診時);白血球数が131×10 2/μl、 CRP 値が18.3r/dlと高値を示した。 他に明らかな異常所見を認めなかった。   
パノラマ X 線所見;右上顎第二大臼歯歯根部に明らかなX線透過像があり、 透過像は隣接する埋伏智歯周囲におよんでいた。 右上顎洞の不透過性は亢進し、 左右非対称を示した。 (写真2)


ウォーターズ法所見;右上顎洞に不透過像があり、 濃度が明らかに左右非対称であった。 (写真3)

C T 所見;右上顎洞に内容物の貯留充満を示す像があり、 右篩骨洞に同様の貯留像と粘膜の肥厚がみられた。 篩骨洞と接する眼窩内壁に弧状の不透過像があり、 眼球は正中内側から前外方に圧迫され、 突出していた。 (写真4) 


臨床診断:右歯性上顎洞、 篩骨洞炎、 右眼窩蜂窩織炎

治療経過:1月20日、 右上顎第二大臼歯の仮封材を除去、 根管を開放し、 右上顎頬側歯肉腫脹部の切開を行ったが、 排膿を認めなかった。 同日、 消炎治療のため入院、 CMZ2g/日、 AMK400mg/日の点滴投与を開始した。 1月24日、 右眼周囲の腫脹の改善はなかったが、 CRP 値が低下し、 発熱がないため、 局所麻酔下に原因と考えられた、 右上顎第二大臼歯、 埋伏智歯の抜歯を行った。 その際、 抜歯窩からの排膿はなく、 上顎洞への穿孔も認めなかった。 1月25日、 右眼瞼部の腫脹が上眼瞼に限局したため、 上眼瞼の穿刺を試みた。 少量の膿汁が吸引され、 細菌検査を施行し、 抗菌薬を PAPM/BP1g/日に変更した。 右上眼瞼穿刺部からは持続性に少量の排膿があり、 頻回のガーゼ交換を行った (写真5)。 患者が若年の女性であることを考慮し、 穿刺部にドレーンの挿入は行わなかった。 細菌検査では、 α-Streptococcus hemolyticus (α型溶血性レンサ球菌) が検出された。 自然排膿は1月28日まで続き、 この頃より右目の閉眼が可能となり、 複視も徐々に改善を示した。 右上眼瞼部の圧迫による排膿は2月1日までみられた。 2月2日の CT 所見では、 初診時同様、 右上顎洞から右篩骨洞に内容物の貯留充満を示す不透過像があり、 眼窩内側壁は一部骨の連続性を欠き、 不透過物が眼窩内に侵入し、 眼窩内側面に半月状にみられた。 眼球は前方へ圧迫されていた (写真6)。 2月4日、 右眼周囲の腫脹は消失し、 複視と眼球運動障害が改善したため、 経静脈的抗菌薬投与を終了した。 2月5日から手術実施までの4日間一時帰宅した (図1)。 2月10日、 全身麻酔下に右上顎洞、 篩骨洞根本手術を施行した。 手術は、 通法 (Caldwell-Luc 法) に従って右上顎洞前壁の骨を除去し、 右上顎洞を開洞した。 洞粘膜は肥厚増殖し、 一部が浮腫状に腫脹、 内部に黄白色、 粘稠性の膿汁を認めた。 上顎洞粘膜を剥離摘出した後、 篩骨洞の開削を行った。 篩骨洞粘膜も肥厚し、 蜂巣内に同様に黄白色の膿汁があり、 篩骨洞粘膜を剥離摘出後、 対孔を形成し手術を終了した。 経過良好にて2月20日退院した (写真7、 8)。 

考  察
 重篤な歯性感染症の多くは、 下顎智歯に起因する口底部蜂窩織炎であり、 気道閉塞を生じる場合もあり、 早期に適切な処置を行わないと生死に関わることがある 1)。 
 上顎歯に起因する感染症は、 一般的に下顎歯に比べ重篤になる症例が少ない。 その理由として上顎は解剖学的特性から組織隙が少ない、 上顎歯槽部の骨質が薄く血行が良いためと考えられる。 上顎臼歯部の歯性炎症が上顎洞粘膜に波及して、 慢性に移行する頻度は高いが、 炎症がさらに上方へ波及し、 眼窩蜂窩織炎を発症することは少ない。 
 副鼻腔から眼窩内への炎症の波及経路は、 副鼻腔粘膜を介した直接的な経路と、 静脈やリンパ管を介する経路の2つが考えられる 2)。 副鼻腔炎が眼窩内へ波及する理由として、 @眼窩の鼻腔側壁が薄く、 特に篩骨洞外側壁が菲薄である。 A副鼻腔からの血流は、 眼角静脈・上眼静脈を経て海綿静脈洞・S 状静脈洞に至るが、 逆流を防ぐ弁機構の欠如により菌が逆行性に眼窩に移行しやすい。 B眼窩下裂部は骨質がなく軟組織だけで、 細菌の侵入が容易である。 という解剖学的特徴があげられている 3)。  
 眼窩蜂窩織炎の70〜80%が副鼻腔炎に起因するといわれており 4)、 本症例は、 臨床経過、 各種画像所見、 手術所見から、 右上顎第二大臼歯根尖部の炎症が、 上顎洞、 篩骨洞粘膜に波及し、 眼窩内側の極めて菲薄な骨壁を介し眼窩内へ至ったものと推測された。 
 急性副鼻腔炎の起炎菌は、 好気性菌が51.6%であり、 うち肺炎球菌とインフルエンザ菌が約30%を占め、 嫌気性菌も48.4%と高率に検出されている。 また、 溶血性レンサ球菌は副鼻腔炎の起炎菌となることが少なく、 3.2%の検出率であったとの報告がある 5)。 β型溶血性レンサ球菌は、 扁桃炎、 膿皮症の原因菌であり、 糸球体腎盂腎炎、 リウマチ熱などを誘発する危険性があるため、 注意が必要である。 本症例で同定されたα型溶血性レンサ球菌は、 血液寒天培地上で緑色のα溶血を示し、 緑色レンサ球菌とも呼ばれ、 口腔レンサ球菌の多くがこれに属する。 抗菌薬投与5日後に上眼瞼の穿刺膿から同菌が検出されたことから、 口腔内細菌が眼窩膿瘍の起炎菌として関与していると考えられた。  
 顎顔面領域の歯性重症感染症に対しては、 抗菌薬の選択はもちろんのこと、 切開、 穿刺による排膿路の確保、 切開時期の診断が重要であると考えられる。 また、 糖尿病や膠原病などの基礎疾患を持つ患者は、 細菌に対する抵抗力が劣るため、 重篤な歯性感染症を起こすことが多い 6, 7)。 
 Morgan ら 8)は、 眼窩蜂窩織炎を伴う急性副鼻腔炎の手術適応に関して、 24時間から48時間抗菌薬の投与を行っても改善を認めない症例、 眼球突出や視力障害の進行する症例、 明らかに膿の貯留を認める症例は、 絶対的適応であると報告している。 山下ら 9)は、 歯性上顎洞炎に対し、 近医にて10日間投薬、 鼻処置を行ったが改善せず、 眼瞼腫脹、 複視を生じ、 紹介された症例に対し、 来院当日に副鼻腔根治術を施行し、 良好な結果を得た。 眼窩膿瘍から、 髄膜炎などの重篤な合併症を引き起こす可能性があり、 早期に手術を行うことが望ましいとの報告もある 3, 10, 11)。 本症例は、 口腔内からの粘膜切開、 原因歯の抜歯による排膿路の確保ができず、 最終的に、 腫脹が限局した上眼瞼に穿刺を行い、 同部位からの持続性排膿を得るという極めて特異な経過をとった。 排膿が消失し、 複視などの眼症状の改善を待ち、 副鼻腔根治術を施行した。 
 しかし、 手術の施行時期についてはいまだ統一した見解がなく、 今後の検討が必要と考えられた。 

ま と め
 上顎大臼歯部の根尖性歯周炎から歯性上顎洞炎、 眼球突出、 複視を伴う眼窩蜂窩織炎に波及した23歳女性例を経験した。 
 右上眼瞼部の穿刺により排膿路を確保し、 症状消失後、 全身麻酔下、 副鼻腔根治術を行い、 視力障害、 審美障害を残さず治癒した。 


引用文献
1) 馬場浩雄、 山崎 正:縦隔膿瘍を併発した急性口腔底蜂窩織炎の1例 (抄). 日口科誌45:727, 1996.
2) Jarret, W.H. Jr. and Gutman, F.A.:Ocular complications of infection in the paranasal sinuses. Arch Ophthalmol 81:683-688, 1969.
3) 佐久間 淳、 渡来潤次、 他:副鼻腔炎から眼窩蜂窩織炎をおこした小児の4症例. 耳鼻展望31:347−355、 1988.
4) Allan, B.P., Egbert,M.A., et al:Orbital abscess of odontogenic origin. Case report and review of the literature. J Oral Mxillofac Surg 20:268−270, 1991. 
5) 杉田麟也:耳・鼻・咽頭科感染症. 日臨44:795−800、 1986.
6) 兵頭智子、 牧 之博、 他:歯性上顎洞炎から眼窩蜂窩織炎に進展し、 対側の外転神経麻痺を生じた膵性糖尿病の1例. 糖尿病47:831−834、 2004.
7) Yamamoto T., Okuda M.,et al:Diplopia caused by spreading of odontogenic infection. J. Kyoto Pref. Univ.Med 110:1049−1059, 2001.
8) Morgan, P.R. and Morrison, W.V.:Complications of frontal and ethmoid sinusitis. Laryngoscope 90:661-666,1980.
9) 山下 勝、 野々村光栄、 他:複視をきたした歯性上顎洞炎例.耳鼻臨床92:1321-1325, 1999.
10) 川浪 貢、 飯塚桂司、 他:抜歯に起因する急性副鼻腔炎による眼窩内蜂窩織炎の1症例―手術適応について―. 耳喉頭頸63:157-160、 1991.
11) 小林弘実、 本橋佳子、 他:歯性上顎洞炎から継発した眼窩蜂窩織炎の1例. 日口外誌46:539−541、 2000.