2) HIV感染者の歯科診療の実際

医療法人社団皓歯会

歯科衛生士 溝部 潤子

 HIV 感染者の歯科診療的対応を大別すると、 1) 免疫不全の患者さんに対しての治療的観点からの対応であり、 2) 院内感染防御の対応である。 
 後者の感染防御の観点では、 HIV 感染者はウイルス性肝炎罹患者の診療対応に準ずるものであることは、 周知のこととなっているものの、 HIV 感染者は増加し続け、 かつ潜在的に増加している現状において、 設備の整ったあるいは経験の多い施設へ紹介すればよいなど他人事ですまされないにもかかわらず、 臨床の場では対応に苦慮していることが、 現実である1)。 
 厚生労働省エイズ対策研究事業 「HIV 感染者の歯科治療に関する研究班」 の活動では、 院内感染防御の対応の具体的な対応策として、 ラッピングテクニックを普及する活動を展開してきた。 その延長線上に、 2003年の米国CDCが10年ぶりに改定した勧告2)においても、 「診療中の唾液は感染源として対応し、 感染者の治療に対してはラッピングを行う」 との提言でこの活動の意義を再確認し、 簡便なラッピングテクニックと応用のための考え方を提案したい。 
 ラッピングは、 飛散が放物線を描いて飛ぶことから、 より飛散の低い位置での吸引対策とその領域でのカバーを基本とし、 治療内容から飛散物の範囲を想定してラッピングの領域を決定する。 つまり、 診療に飛散する器具を使用するか否かであり、 飛散する器具 (タービンなど) を使用しない場合は、 術者の手による接触範囲のみをラッピングする。 タービンなどのホース類がチェアーユニットの内部に格納されるタイプのものがあるなど、 メーカーによって器具の構造が異なるため、 「汚染域」 との接触を基準に、 後処理中に汚染域を拡大させないことを常に頭において応用することを勧めたい。 
 さらに、 診療は患者さんを中心に置いたチームワークが大切であり、 感染防御の質を上げるためには、 1:期間を設定してシステムの見直しをする。 2:常に新しい情報を入手するよう心がける。 3:スタッフ全員が同じレベルの環境作りが出来るようマニュアルを作成する。 4:患者さんの口腔が健全であるようサポートすること、 を挙げることができる。 1、 3については、 新しくスタッフを迎えたタイミングでなされていることが多いと思われるが、 慣れたメンバーで診療が行われているときにこそ、 日常対応を再確認することは大切な項目である。 マニュアルの作成時には、 作成の年月日を記し更新した際には、 更新日と改定内容を明確に記しておく。 また4番目の項目は、 唾液の歯肉からの出血による汚染を減少させる意味においても重要である。 
 平成13年に、 兵庫県歯科衛生士会の協力を得て歯科衛生士の感染症罹患者の診療に関して意識調査を行った結果3)、 けがの経験があると回答した者が、 診療補助中では63.5%、 後片付け中82.6%、 スケーリング中37.2%、 感染症罹患者治療中のけが8.1%であった。 これらから、 作業のリスクが高いと意識しているときほど、 けがが少ないことが推測できる。 よって、 医療スタッフ自身の感染する機会を減少させるためには、 日常の補助・後片付けの操作からシステムの見直しを図ることを提案したい。 
 若年層の感染拡大に象徴されるように、 日本の HIV 感染者数は制御ができていない現状から鑑みて、 HIV 感染を認知しないまま歯科治療を受ける機会が増えていることが推測される。 また、 一方では抗ウイルス剤の服用によって社会的に健全な生活を送る患者さんが増え、 より生活環境に近い場で開業医での診療を希望する機会がふえている。 このような場合においては、 生活環境に密接していることから、 受診した先でのプライバシーの保護を優先して、 受診する診療先を選択していることが多いと聞いている。 私達歯科衛生士は、 口腔ケアという立場で患者さんと接する機会が多い。 それゆえ、 口腔粘膜の異変に気づくことで、 感染の事実を知る機会を作ることができる立場にある。 また、 患者さんのプライバシーの保護あるいは不安を抱いて受診した患者さんの支援ができる立場にあることを理解し従事していくことが重要である。 
 HIV 感染者の治療を突き詰めていくと、 医療の 「質」 に突当たると言われている。 日本での感染が確認された当時は、 HIV 感染者を診ると患者さんが来なくなるといわれていたが、 AIDS を診るのはよい病院と言われる状況に代わってきている。 HIV 感染者の治療の進歩は、 それを支える医療従事者の質も向上させたと自分自身を振り返って感じることである。 感染症のコントロールは単なる感染制御にとどまらず、 幅広い研鑽に勤めていくことを肝に銘じたい。 
文献
1:的野慶、 前田憲昭、 小森康雄、 中久木一乗、 池田正一; 「生涯研修セミナー」 で実施した、 感染症に関するアンケート調査結果―米国厚生省疾病管理・予防センター (CDC) 2003年度ガイドラインとの比較― 日本歯科医師会雑誌57巻、 10号、 1085−1091、 2005年
2:溝部潤子 他:;インフェクションコントロールにおける歯科衛生士の意識と実態調査 日本歯科衛生士会学術雑誌 Vol.30,No2,P63−67
3:Guidelines for Infection Control in Dental Health-care Settings-2003, MMWR, December 19, 2003, vol.52, No.RR-17