耐性菌の出現抑制を考慮した歯性感染症の治療

足利赤十字病院 口腔外科部長   
山 根 伸 夫


  『耐性菌を出現させないための治療とは?』 と質問された際、 常識的な回答は 『抗菌薬を上手に最小限に使う』 という回答になろう。 しかしその“上手と最小限”がくせ者である。 
いかに使えば、 上手で最小限の使用なのか?このような抽象的な単語をいくら並べても耐性菌の出現は抑制できない。 現実的にどうすればいいかを考える必要がある。 
  『耐性菌を出現させないための治療とは?』 の命題に対して、 実際の手法 (表−1) を考えた場合、 先ず 『軽症なうちに治療をする』、 『効率のよい治療をする』 ということが重要と考える。 
  『軽症なうちに治療する』 ということは 『患者自身の自己責任において早期に受診する』 ということになろうが、 現実的に我々が関われることは 『病診連携』 により早期に治療が行える態勢を確立させることになり、 ここに照準をあわせざる得ない。 
  『効率のよい治療をする』 ということは 『起炎菌や感染形態を把握』 し、 『抗菌薬の特性』 をベースに 『タイムリーで安全な外科的処置を併用』 を行うことであると考える。 
 最近話題の 『病診連携』 は地域の差もあるが、 地域医療圏の活力のためにも重要である。 
 折角発症早期に患者が受診しても、 高次病院へ紹介するタイミングを逸してしまえば、 早期に受診したことが全く無駄になってしまう。 日頃より病診双方からの意志の疎通が大切で、 特に病院側はその努力をすべきである。 
 次に、 明らかな膿瘍が存在している場合ならいざ知らず、 一口に 『タイムリーで安全な外科的処置を併用する』 と言われても難しい。 切開の基本は炎症が遷延化したり悪化した症例を結果から見ると切開が小さかったり、 場所が不適切であるなどの問題があることが多く、 このことから考えても、 時期、 場所、 大きさと言うことになろう (表−2)。 切開の大きさや場所は比較的意見が収束されていると考えられるが、 
時期に関しては個々の経験、 疾患に対する考えの違いが反映され、 意見は拡散していると思われる。 私自身は明らかな膿瘍形成が見あたらない場合でも疼痛が強い場合には切開を行うことがあり、 この考えを支持する歯科医師もある程度いると考えている。 これは顎骨内の炎症に伴う浸出液やガスなどによる圧を減圧することにより疼痛症状が劇的に緩和する例を日々経験しているからである。 一方でこの考えを支持しないとする歯科医師もいると思う。 しかしいかなる考えのもとに切開を行なおうとも、 外科的処置は安全に行われなければ意味がない。 そのためには隙の特徴や解剖学的特性の理解も重要である (図−1) (表−3)。 また切開の際、 膿瘍の確認および部位の診断にはCT装置が有用である。 
 次に 『効率のよい治療をする』 ためには 『各種抗菌薬の特性』 と 『起炎菌や感染形態を把握する』 ことを考える必要がある。 
 歯性感染症からの起炎菌は今まで多数あり、 その内訳はおおよそ一致している。 また我々の集計解析結果ではほぼ全歯性感染症に口腔レンサ球菌が関与し、 重症感染症ほど複数菌感染症の割合は高く、 嫌気性菌の関与率も高いことが判っていた (図−2ab)。 今までの起炎菌のデータは2次施設 (病院口腔外科や大学口腔外科など) のものを集計したものであり、 1次施設 (一般歯科医院) との比較を行ったものはなかった。 しかし昨年本学会副理事長の中尾薫先生他の研究で1次施設と2次施設の検出菌の比較が行われた。 その結果ではあまり1次施設と2次施設の検出菌の内訳に差があるものでなかったが、 中等症以上の症例が集まる2次施設で、 若干嫌気性菌の割合が高かった (図−3)。 嫌気性菌は好気性菌による感染の後、 感染巣での酸素が消費され、 嫌気性菌の増殖しやすい環境が整った後、 増殖し、 周囲組織に感染を広げられ、 さらに炎症を拡大していくと、 考えられている (図−4)。 したがって感染発症から間もない軽症例では口腔レンサ球菌、 感染発症後の日数が経過した中等症以上では嫌気性菌の関与を勘案し、 治療に当たる必要がある。 特に感染部位の悪臭の強い症例では嫌気性菌が存在する可能性は高い。 これは嫌気性菌が宿主組織を消化 (分解) し、 有機酸を産生するためである。 フゾバクテリウム属 (Fusobacterium sp) は有機酸のなかでも特に臭い酪酸の産生量が多い。 因みにペプトコッカスの“ペプト”とは“消化 (分解、 異化) ”を意味する。 したがって嫌気性菌の関与している症例では嫌気性菌に有効な抗菌薬を選択する (後述) と同時に、 外科的処置を加え感染巣の酸素分圧を上昇させることも重要である。 歯性感染症の起炎菌と薬剤の特性をまとめると表−4のごとくである。 
 一方経口抗菌薬の特性を考えた場合、 広域ペニシリン経口抗菌薬は最近口腔レンサ球菌に耐性化が進んできていること、 プレボテーラ属 (Prevotella sp) はβラクタマーゼ産生の耐性菌が約30%存在する。 セフェム系抗菌薬は世代によりその特徴はさまざまであるが、 もう第一世代の使命は終わったと考えた方がよい。 また最近の第3世代経口抗菌薬の抗菌力は強いが、 組織移行はあまり良好とは言えない。 さらにβラクタマーゼ産生菌に対する抗菌力にも疑問がある。 マクロライド系抗菌薬は組織移行性は良好であるが、 耐性菌が10%程度は存在し、 各種薬剤との相互作用が多いため、 他剤を服用している患者への投与には注意が必要である。 キノロン系抗菌薬は組織移行性は良好であり、 抗菌スペクトルは広いが、 本来グラム陰性菌に対する抗菌薬であるため口腔レンサ球菌に対する抗菌力はそれほど強くなく、 また非ステロイド系消炎鎮痛剤との併用には慎重にならざる得ない。 
 ペネム系抗菌薬であるファロペネムは抗菌力は良好であるが、 食事の影響を受けやすいという欠点があり、 さらに下痢の出現率は高い。 最近発売されたケトライド系抗菌薬は抗菌力が優れ、 非常に切れ味のよい抗菌薬であり、 食事の影響はなく、 相互作用も少ない。 しかし汎用されればいずれ耐性菌が出現する危険性があるので、 安直に用いることは慎む必
要がある。 本来外科処置が必要である症例に対し、 外科処置を行わずに効きのよい抗菌薬を使用し治癒に導くことは 『効率のよい治療をする』 という観点からはずれる。 したがって抗菌薬の処方には外科処置の必要性やその患者の持っている身体的素因 (糖尿病、 抗凝固剤の服用、 その他の薬剤の服用などの有無) などを勘案し投与する必要がある。 講演会などで、 講演終了後の質疑応答時に 『では、 結局一番いい抗菌薬は何ですか?』 という質問に遭遇するが、 そのような抗菌薬はなく、 それぞれの抗菌薬の利点欠点があり (表−5)、 目の前にいる患者の感染病態はどの段階であるか?を勘案し、 『どの抗菌薬が適切であうか?』 を考えなければならない。 ここには当然、 小児ににおける味の要素も含まれる。 
 一般的な抗菌薬の選択基準を考えると@口腔レンサ球菌と嫌気性菌に有効な抗菌力を有することA血中、 組織内移行濃度が良いことB副作用が少なく、 安全性が高いことC他剤や食物との相互作用が少ないことD食事の影響を受けにくいことE服薬しやすいことF飲み忘れしにくいことなどである (表−6)。 今日、 抗菌薬の使用に際し、 薬剤の体内動態を勘案し、 効率的な投与量や投与間隔を類推する事が推奨されている。 この特性は各種抗菌薬によって異なる。 たとえば、 キノロン系抗菌薬では最高血中濃度をMIC (最小発育阻止濃度) よりいかに高くするかを考え使用する薬剤であり、 またβラクタム系抗菌薬はMICをいかに長時間越えるかに主眼をおき、 投与する薬剤である。 マクロライド系抗菌薬やケトライド系抗菌薬はその中間型であり、 適度な濃度を比較的長時間保てるよう用いることが求められる薬剤である (図−5)。
 以上のことを勘案し私自身の抗菌薬の選択を記載させていただくと、 全身的に何も問題のない抜歯や小手術感染予防には経口第3世代セフェム (セフゾン、 メイアクト、 フロモックス、 トミロンなど) を短期間 (2日〜3日) に用い、 軽症から中等症 (経過が短いが、 症状が若干強い) の感染症外来治療には第3世代セフェム (セフゾン、 メイアクト、 フロモックス、 トミロンなど) やジスロマックなどの経口薬を使用する。 また抗菌薬投与3日目までで、 効果が乏しい場合には嫌気性菌の関与も想定し、 ファロム、 ケテック、 クラビット、 ガチフロなどの経口薬に変更している。 中等症から重症感染症または全身的に問題のある (糖尿病や高齢者など) 患者や摂食状態不良で脱水症を呈している患者などの入院治療にはセフメタゾン、 ロセフィン、 メロペン、 カルベニンなどの点滴抗菌薬を用いている (表−7)。 特に高齢者で重症例には治療初期より全身状態の把握と同時に切開の必要性の検討、 強力な抗菌薬療法の選択が必要となる。 
 今までのことをまとめると、 宿主、 起炎菌、 抗菌薬の3因子をシステミックに考え、 治療するにほかならない(表−8)。
 しかし 『耐性菌を出現させないための治療』 を行うために、 現状において一番重要なことは 『病診連携の強化』 であり、 そのためには病院側は信頼に耐えうる技術、 知識の研鑽と高次施設で医療を行うスタッフの人柄と信頼に値する施設の内容であろう。 また診療所側も大学口腔外科も含め、 高次医療施設口腔外科を信頼する努力とそれらの施設の人的資源を育てる忍耐を持っていただきたい。 一朝一夕には相互信頼関係は構築できないかもしれないが、 徐々にお互いの立場が解り合えるものであろう (図−6)。 
 将来的には現在のような方法論だけでは限界があり、 “産・学・官”の連携ではないが、 診 (一般歯科医院)、 病 (高次病院、 大学、 研究機関など)、 官 (厚生労働省) の表面的ではなく、 医療行政を含めた実のある論議、 協調が不可欠であると考える。 
謝  辞
 最後にこのような場をご提供下さった本学会 島田 桂吉 会長、 中尾 薫 副会長、 吉井 尚理事はじめ関係各位の方々、 座長の労をお取りいただいた兵庫医大 口腔外科 名取 淳 先生にこの場をお借りし、 深く感謝致します。