は じ め に

 「サ ン マ の 刺 身」

 日本口腔感染症学会      
副理事長 椎 木 一 雄


わたしは、 太平洋に面した福島県最大の (面積が) 市の市立病院に勤務している。 昔は常磐炭坑で大変賑わっていたそうだが、 今は新幹線が通っていないので、 交通の便はやや悪く、 東京からJR常磐線で2時間15分を要する。 私はここが大変気に入っている。 
理由は勿論仕事や友人に恵まれたことだが、 もう一つの大きなファクターは食にある。 グルマンを自認している私は特に魚にめがない。 近海で捕れ、 水揚げされる鰹 (脂ののっていない初鰹がおいしい)、 秋刀魚、 目光は、 どうした理由 (わけ) かほかの土地のものより断然美味しい。 この地域の潮が魚を元気にさせるのかもしれない。 ここではこれらの魚をみんな生で食べる。 鰹はたたきにはせず、 生姜と醤油だけでいただくのがスタンダードである。 秋刀魚はあまり生で食べる土地 (ところ) はないが、 ここでは刺身にする。 
しかし、 生肉には寄生虫が付きもので、 私の勤務する病院にも季節になると毎年数人の患者さんが来院する。 アニサキス症である。 
アニサキスは線虫に属し、 その他に同類のものにテラノーバ、 コントラケークムの2種類が知られているが、 ここではアニサキスと総称する。 本来は海の哺乳類である鯨や海豚に寄生するもので、 宿主の胃で産卵し、 糞便に混じって海中に排出され、 幼虫となってオキアミに寄生し (第1宿主)、 このオキアミを食べた魚に一時的に住み着き (第2宿主)、 ヒトがその魚を食べると、 アニサキスの幼虫が胃や腸の壁に潜り込み激しい腹痛を起こす。 症状は一過性で、 数日から1週間で幼虫は死滅し改善する。 原因となる魚は地域と季節のよって異なるが、 いわき地方では、 鰹、 イカ、 鰯、 秋刀魚が多い。 以前は、 よく知られておらず開腹手術をしてしまうことがあったそうだが、 内視鏡によれば診断も容易で、 虫体摘出がなされれば速やかに症状が改善する。 アニサキスは塩、 酢、 酒、 ワサビ、 ショウガ、 ニンニクでは死滅しない。 高温あるいは冷凍で死滅するので、 鰊を多く食べるオランダでは−30℃48時間の冷凍が義務づけられている (DD社1992年発刊・歯科医の知っておきたい医学常識103選より)。 かく言う私も体験者で2日間大変辛い思いをした。 しかし刺身はやめられない。 
来年、 当地で日本口腔感染症学会が開催される。 是非美味しい魚を堪能していただきたいが、 このことがチョッと気懸りである。