成り立ち 微生物の観点から

国立保健医療科学院口腔保健部
花田 信弘

 

【はじめに】
 急性期の歯周病ではしばしば歯周膿瘍が形成される。 歯周病では歯周ポケットの底部の持続的炎症によって生じた好中球やその死骸、 崩壊した組織の残骸からなる滲出液(膿)がポケットを通して排出されているが、 急性期には滲出液が歯石や周囲のプラークバイオフィルムに阻まれてポケットを通しての排膿が困難になり、 歯肉にはしばしば歯周膿瘍 (Periodontal abscess) ができる。 歯周膿瘍が形成された場合は、 歯周ポケットの洗浄を行い、 必要であれば歯肉を切開して排膿・洗浄し、 同時に抗生剤、 消炎鎮痛剤を投与する。 慢性期に移行してから膿瘍を形成した部位のスケーリングを行い、 排膿を阻害した歯石やプラークバイオフィルムを除去する。
 歯周膿瘍の原因菌として口腔の viridans streptococci に分類される Streptococus milleri group が挙げられている1)。 S.milleri groupは、S.intermedius, S.constellatus, S.anginosus の3菌種で構成され、 それぞれの菌の病原性の違いが検討されている2)。 S.milleri group は, ヒトの歯肉溝, 口腔に常在する菌で, β溶血性を示す株も含まれる。 特に S.anginosus は急性期の歯周病における膿瘍形成に止まらず、 細菌性心内膜炎や上部消化器系の癌など口腔以外の臓器の疾病との関係が強く示唆される菌である。 
【目的】
 S.milleri group の中でも急性期の歯周病だけでなく多様な病原性を示す S.anginosus を確実に同定し、 定量する目的で遺伝子増幅法 (PCR) のプライマーを作製した。 また、 S.anginosus の急性期の歯周病における病原性のメカニズムを解明する目的で、 S.anginosus を含む口腔レンサ球菌と唾液中の抗菌性ペプチド (β-ディフェンシン;hBD-2) との関係を検討した。 
【材料および方法】
1) 細菌
 供試細菌は当研究部保存株の他に ATCC, GTC, IFO より入手して使用した。 細菌の同定は DNA 分析の他に血液寒天培地におけるベータ溶血性と生化学性状で同定した。 
2) DNA 抽出
 唾液0.5-1ml または細菌培養液4-5ml を1000xg, 15分間遠心後、 沈殿を回収し、 リゾチウム処理、 グラスビーズによる撹拌振盪後、 プロテアーゼ処理を行い、 通法に従い DNA を抽出した。 
3) β-ディフェンシン (hBD-2) の抗菌活性
口腔レンサ球菌とβ-ディフェンシン (hBD-2) の関係を調べるために、 合成 hBD-2(Peptide Institute, Osaka)を用いた。 コントロール細菌として、 E.coliI FO15044を用いた。 hBD-2の抗菌活性を調べるために radial diffusion assay を行った。 radial diffusion assay のための well には0, 1.6, 3.2, 6.3, 12.5, 25, 50, 100, 200mg/ml の各濃度のペプチド (hBD-2) を加えた。 発育阻止円 (透明帯) の直径を測定し0.1mm を1単位 (U) として算出した。 
【結 果】
 GeneBank のデータベースより Streptococcus 属11種、 S.anginosus の17菌株の16S rDNA の塩基配列を入手し、 コンピュータソフト Clustal X を用いてアラインメントを行った。 アラインメントに基づき S.anginosus 以外の細菌を増幅しない特異的な PCR プライマー (F1, F2と Reverse) を設計した (Table1)。 S.anginosus 以外の口腔レンサ球菌の DNA を鋳型にした時に、 DNA の増幅が認められなかった。 そこで S.anginosus 専用 Primer を設計したことが確認できた。 更に2種類の F-primer を使用して S.anginosus の異なる菌株を唾液から検出することができた (データ未発表)。 
 すべての定量系において CYBR Green の原理に基づき定量 PCR を行った。 S.anginosus の定量系には既知量の S.anginosus の DNA を鋳型に PCR を行い、 その PCR 産物を経時的に検出することにより、 S.anginosus の DNA 量、 Streptococcus 属の DNA 量と PCR 反応間の標準曲線を作成し、 これらの遺伝子量の定量化法を確立した3)。 
 なお、 使用した S.anginosus は血液寒天培地でベータ溶血性を示した。 
 hBD-2と口腔レンサ球菌への抗菌効果を検討した結果、 MBC は1-6mg/mlの範囲であった。 しかし、S.anginosus において MBC は24-35mg /ml であり hBD-2耐性が認められた(Table 2)。
【考察】
 S.anginosus を唾液などの口腔に由来するサンプルから PCR で特異的に検出する技術を確立し歯周膿瘍,誤嚥性肺炎,細菌性心内膜炎ならびに上部消化器系の癌と S.anginosus の関わりを解明する技術を得た3)。 また、 上皮組織から分泌される抗菌ペプチド (hBD-2) と S.anginosus の間に他の細菌にはない特別な耐性関係が見出された4)。 ヒト口腔との代表的な共生細菌 (commensal bacteria) である Streptococcus mitis と hBD-2の間にも同様に特別な耐性関係が見い出されることから、 自然免疫物質である hBD-2に耐性を持つことは、 細菌が口腔で増殖する上で非常に有利に働くものと考えられる。 S. anginosus は hBD-2に耐性を持つばかりでなくベータ溶血性を示す。 

このことが S. anginosus の病原性に関わっていると考えられる。 本研究により急性期の歯周病に関与するレンサ球菌の病原性の分子メカニズムの一端が解明された。 
【共同研究者】
 国立保健医療科学院 今井奨、 西沢俊樹、 森田詠子、 
           矢野明、 江藤亜紀子、 野村義明
 国立感染症研究所  泉福英信
 BML         由川英二、 井田博久、 山口敏和
 森永製菓      西村栄作、 橋爪秀一、 加藤正俊
 国立がんセンター  佐々木博己、 寺田雅昭
 新潟大学      金子昇、 宮崎秀夫
 横浜市立大学    川辺良一
【文献】
1) Nagashima, H., Takao, A., et al: Abscess forming ability of Streptococcus milleri group: synergistic effect with Fusobacterium nucleatum. Microbiol Immunol 43:207-216, 1999.
2) Claridge, J.E. 3rd, Attorri, S., et al: Streptococcus intermedius, Streptococcus constellatus, and Streptococcus anginosus ("Streptococcus milleri group") are of different clinical importance and are not equally associated with abscess. Clin Infect Dis 32:1511-1515, 2001. 
3) Morita, E., Narikiyo, M., et al:Different frequencies of Streptococcus anginosus infection in oral cancer and esophageal cancer. Cancer Sci 94: 492-496, 2003.
4) Nishimura, E., Eto, A., et al:Oral streptococci exhibit diverse susceptibility to human beta-defensin-2. Current Microbiol. 48:85-87, 2004.