手術室内の感染対策
― 洗浄・消毒・滅菌と空調・水質管理について ―

 

伏 見   了1、 高 階 雅 紀1,2 
中 田 精 三2、 真 下   節3  
        1 大阪大学医学部附属病院 ME サービス部
        2 同手術部
        3 同麻酔科

はじめに

 医療をとりまく環境は年を追うごとに厳しさを増してきている。 院内感染いついてもしかりである。 患者を守ることが使命である医療の大原則から考え、 医療施設や医療従事者は患者に優れた最先端の医療を提供すると同時に、 院内感染を防止するために最大限の努力を不断に行っていく義務がある。 
 高度先進医療の基幹病院を標榜する大阪大学医学部附属病院としては、 病院全体として系統的かつ計画的な感染防御・対策を着実に講じていくことが重要である。 当院では平成10年に院内処置で 「感染対策部」 が設置され、 ICT ワーキンググループ (ICT W/G) を編成して、 広報・啓発・教育などの活動を展開してきた。 そして、 平成15年4月に感染制御部が発足し、 専任の感染症専門医、 検査技師および2名の ICN が配置された。 現在の院内感染制御の体系を示すと図1のようになる。 感染制御は予防と治療の2本柱からなり、 それを実践するために病院内のすべての職員が参加するシステムが構築されている。 
 感染対策の要点として以下のようなものがあげられる。 1) 病院感染制御システムの構築、 2) 標準予防対策 (SP)、 3) 感染経路別予防対策、 4) 針刺し事故対策、 5) 抗菌薬の適正使用、 6) 洗浄・消毒・滅菌の完備、 7) 空気清浄度・水質管理、 などがある。 本稿では、 手術室内の感染対策、 特に洗浄・消毒・滅菌および空気清浄度・水質管理の問題点に焦点を絞って述べる。 
1. 感染対策に関する手術室の特性
 手術室における外因的な感染の原因として表1に示すような事柄があげられる。 その中で手術室に特徴的なものとして、 使用器材・手術器具の不十分な滅菌と室内の空気清浄度の低下などがあげられる。 本稿ではこの2点に焦点を絞り、 手術室で得られた実験データをもとにそれらの問題点について述べていきたい。 
2. 手術器具の洗浄・消毒・滅菌A. 一次消毒 
血液などで汚染された各種器械類は十分に洗浄した後に高圧蒸気滅菌などを行って再使用するべきである。 しかし、 汚染器械を消毒薬に浸漬した後に材料部へ搬送して本格的な洗浄を実施している施設が数多く存在する。 洗浄以前に消毒すること、 つまり一次消毒をした場合には付着蛋白質が変性や固着してしまい、 その後の洗浄の障害となることが以前から紹介1)されているが、 洗浄担当部署での理解がまだまだ不十分である。 
 そこで、 実際の血液と市販洗浄評価用インジケータを用いて、 一次消毒がいかにその後の洗浄において障害となるのかについて解説する2)。 
 消毒薬の血液中蛋白質に対する作用
 3%グルタールアルデヒド、 0.02%過酢酸、 0.55%フタラール、 80%エタノール、 0.5%次亜塩素酸ナトリウム、 0.1%グルコン酸クロルヘキシジン、 0.1%アルキルジアミノエチルグリシン、 0.1%塩化ベンザルコニウム、 それぞれ4ml を1ml のヘパリン添加全血と混合した。 この混合液を1分間に3000回転の強さで5分間遠心分離を行い、 上澄み液を捨て去った写真を図2に示す。 図2から消毒薬の作用を受けて変性した蛋白質が管底に沈殿していることが分かる。 ただし、 過酢酸および次亜塩素酸ナトリウム処理では蛋白質がゲル状に変性したが沈殿は形成しなかった。 
 消毒薬の血液汚染モデルに対する作用
 血液汚染モデルとして市販洗浄評価用インジケータ TOSI3)(Pereg 社、 ドイツ) を使用したが、 TOSI の外観と塗布成分の組成を図3に示す。 TOSI はフィブリンの生成という生体内凝固反応と等しい反応でアルブミンとヘモグロビンをステンレス板に固着していることが分かる。 
 この TOSI を高レベル消毒薬 (グルタールアルデヒド、 過酢酸、 フタラール) に室温で30分間浸漬した後にウオッシャーデイスインフェクタ (HAMO 社、 スイス) で通常通りに洗浄した成績を図4に示す。 当然ではあるが消毒薬未浸漬の対照では完全に洗浄されているのに対して、 グルタールアルデヒドで処理された TOSI では変性固着した塗布物が洗浄されずにそのまま残存していた。 同様に処理した TOSI を超音波洗浄装置 (サクラ精機) にて洗浄した結果を図5に示す。 グルタールアルデヒドと過酢酸で処理した場合は塗布物がほぼそのまま残存し、 フタラール処理でもかなり残存していた。 過酢酸とフタラールで処理された TOSI のアルブミンやヘモグロビンはゲル状に変性することから、 ウオッシャーデイスインフェクタでのシャワー効果では洗浄されるが、 超音波洗浄の場合にはゲル状変性物がキャビテーション効果を吸収してしまうため分解されずに残存したものと思われる。 
B. 酵素洗剤4)
 器械付着汚染物の大部分は血液であり、 その血液には蛋白質と脂肪が多く含まれている。 蛋白質や脂肪はアルカリ性溶液に簡単に溶解することから、 医療用洗剤としてアルカリ性洗剤が広く使用されてきた。 近年、 医療用器械・器具に多機能が求められ、 その結果、 数種類の材質で構成された複雑な構造のものが登場してきた。 しかし、 従来のアルカリ性洗剤はアルミニウムに対して損傷を与える場合のあることから、 蛋白質分解酵素 (プロテアーゼ) や脂肪分解酵素 (リパーゼ) などを含有する酵素洗剤 (液性は中世または弱アルカリ性) が使用されるようになってきた。 
 プロテアーゼやリパーゼは触媒活性を持つ蛋白質であり、 その活性(分解能力)は温度に依存している。 カゼインを基質としたプロテアーゼ活性測定方法と活性測定時の温度を20℃から40℃まで変化させた時のプロテアーゼ活性の変化を図6に示す。 40℃の活性を100%とすると20℃では44%と半分以下の活性 (分解能力) しか示していない。 つまり、 酵素洗剤の優れた洗浄能力を十分に発揮させるためには酵素洗剤を40℃前後で使用する必要があるが、 酵素洗剤を40℃前後で使用している施設は非常に少ない。 そこで、 ヘモグロビンとアルブミンをステンレス板に塗布したインジケータ (TOSI) を汚染モデルとして温度を変化させて浸漬洗浄した成績を図7 (残存蛋白質をニンヒドリン試薬と反応させて分かりやすくさせてある) に示す。 40℃では30分間の浸漬で蛋白質が分解・洗浄されているのに対して30℃では40分間の浸漬が必要であり、 20℃では40分間の浸漬でもまだ蛋白質が付着していた。 
3. 手術室内の空気清浄
 手術室内の空気清浄度を調査する手段として、 従来、 浮遊細菌を捕捉する方法や手術室内空気をサンプリングして浮遊微粒子数を計測する方法が用いられてきた。 特に、 1990年台以降、 サンプリング装置や情報機器の発達に伴い、 手術室内空気の連続サンプリングによるマルチチャンネル微粒子測定が可能となり、 さらに、 測定結果を手術部内情報ネットワークを用いてリアルタイムに情報端末へ伝達することが可能となった。 大阪大学医学部附属病院においても、 1993年9月以降、 17手術室内の計36ポイントからサンプリングした室内空気をパーティクルカウンタを用いて分析し、 それぞれ0.3μm、 0.5μm、 1.0μm、 2.0μm、 5.0μm 以上の大きさの微粒子数をモニタリングしている5)。 測定結果は、 データ収集用端末から手術部情報システムサーバーへ伝達され保存されるとともに、 異常値が計測された場合は警報情報が当該手術室の情報端末や手術部管理者の情報端末へ表示される。 図8は情報端末に表示されたモニタリング結果の時系列グラフの一例である。 医療スタッフの入室に伴い計測値が上昇し、 手術開始以降いくつかのピークが形成されるのが見て取れる。 この例が示すように、 手術室内空気の汚染の原因の主たるものは、 そこに存在する医療従事者であることは明白であり、 手術室への不要な入室が制限される根拠はこれに由来する。 また逆に、 無人の手術室において一定以上の微粒子が計測されることは HEPA フィルターを含む手術室空調システムの異常を意味し、 多くの場合、 HEPA フィルターの設置工事不良やフィルターの損傷を疑わねばならない。 これらは手術室内空気の連続モニタリングの意義を示すものであるが、 他方、 この連続モニタリングの手法にはいくつかの問題点も存在する6)。 まず、 我々が最も欲する情報である手術野周辺の微粒子数は技術的にサンプリングが困難であり、 通常は、 空調の空気噴出し口周辺ないしは壁面からのサンプリングにならざるをえない点。 もう一つは、 必ずしも微粒子が感染源であるとは考えられない点である。 たとえば、 図8に示された術中のいくつかのピークは電気メス等による手術操作によるものと考えられ、 これらによる発塵が SSI と無関係であることは明らかである。 
 現在、 手術室の空調は垂直一方向流型が主流であり、 換気回数も標準値を大きく上回る施設が多数存在する。 これらの環境においては、 空調の空気噴出し口周辺において空気の清浄度が維持されておれば、 その下流に存在する手術野が清浄であることは一見保証されているかに思える。 そして、 その意味においては、 先に示した方法によって手術室内空気の連続モニタリングを行うことは意義があり異常値の観察は軽視できない。 しかし、 垂直一方向流の手術室では、 無影灯や術者が存在しない場合には、 手術野における下降気流は保持され、 そこでの発生粒子を速やかに除去することが可能であるが、 下降気流の阻害要因 (無影灯や前傾姿勢の術者等) が存在する場合、 その下部に循環流が発生し術野の気流は乱され発生粒子の滞留を招くことが指摘される。 このような垂直下降流における無影灯下の気流の乱れを抑制する方法として、 周壁下部もしくは四隅に設けられた吸込口の一部に吸込風量を偏らせ、 敢えて室内に斜流を形成することで、 天井面からの吹出気流を無影灯下に廻り込ませることができ、 循環流の形成を抑制して効果的な発生粒子の排除が可能となる (図9)。 
 このような新しい空調方式を検討するにあたっては、 手術室内の気流の数値解析を基にしたシミュレーション手法を取り入れることが有用であるが、 そのための初段階として数値解析の信憑性を証明する必要がある。 以下にわれわれが用いた手法について述べる。 
A. 数値解析の方法
 気流解析ソフトは STREAM version3.12 (ソフトウェアクレイドル梶j を、 画像処理ソフトは Super VIZION (アダムネット梶j および Micro AVS (潟Pイ・ジー・ティー) を用いた。 測定対象としては、 電気メス使用時に発生する微粒子の手術室内分布をシミュレーションすることとした。 まず、 気流数値解析の入力データとして必要となる電気メス使用時の粒子発生量の測定は、 測定用チャンバー内で模擬的に畜肉を切断し測定した (図10)。 チャンバー出口空気中の粒子濃度は非常に高濃度でありパーティクルカウンターの計測限界を超えるため、 清浄空気により希釈を行い、 希釈された空気の濃度を測定した。 そして、 チャンバー出口の風量および希釈率を予め測定しておくことにより、 下式によって粒子発生量を求めた。 その結果より、 粒子発生量は106〜108個/秒程度と推定された。 
B. 実験値と解析値の比較
 先に示した粒子発生量を用いて、 大阪大学附属病院手術室 OR-1における濃度分布の計算値と実測値の比較を行った結果を図11に示す。 図中の丸印近傍の数字は解析値と実験値の比である。 14測定点中13点において0.1〜10の範囲に入っており、 気流数値解析によって精度よく粒子濃度分布を表現できると評価した。 
C. 偏吸込み式空調の数値解析
 吸込風量を偏らせることで天井からの吹出気流を斜流にし、 術野での電気メスによる発生粒子を速やかに除去する方法 (以下、 偏吸込み方式と呼ぶ) を行う際、 吸込口の風量配分、 吹出フィルターが天井面に占める割合 (フィルタ占有率)、 吹出風速が問題となると考えられる。 そこで、 吸込み方式が周壁下部にある場合と四隅の場合に対し、 上記3要素について、 気流数値解析による検討を行った。 解析に用いたモデル手術室を図12に、 解析条件を表―1に示す。 解析には市販のソフトウェア STREAM Ver3.12 (ソフトウェアクレイドル梶j を用い、 モデル手術室内を71(X)×71(Y)×30(Z)=151,230セルに分割し、 定常状態に達するまで繰り返し計算を行った。 気流に影響を及ぼす発熱は電気メスによるもののみとし、 術者および無影灯については形状のみの模擬とし、 発熱は与ていない。 また粒子発生条件として、手術台中央部より一秒間に108個発生するものとした。 天井フィルターについては、 手術台がカバーできるよう室中央に配置した。 その他の条件については表2に示す通りである。 
 周壁下部吸込みの場合
 ベクトルおよび濃度分布図 (図13) を見ると、 均一吸込の場合には無影灯下に循環流が形成され、 発生粒子はこの循環流内に入り込み術者頭部を越え、 無影灯の高さまで上昇し、 室内に広く拡散しているのがわかる。 これに対し、 吸込風量を偏らせていくに従い、 天井からの吹出気流が斜流となり無影灯下に廻り込み、 無影灯下の循環流形成が抑制されるようになる。 この条件下では、 吸込風量配分比率が70%を超えるあたりから斜流効果が現れ、 発生粒子を術野から速やかに除去しているのがわかる。 
 四隅吸込みの場合
 ベクトルおよび濃度分布図 (図14) を見ると、 周壁下部吸込み同様、 均一吸込の場合には無影灯下に循環流が形成され、 発生粒子は室内に広く拡散しているのがわかる。 吸込風量を偏らせていくに従い、 斜流が生じ、 無影灯下の循環流形成が抑制されるようになる。 吸込風量配分比率が80%を超える辺りから斜流効果が現れ、 発生粒子を術野から速やかに除去しているのがわかる。 
 斜流効果が認められる範囲
 気流数値解析を用いた検討で、 偏吸込みによる斜流効果によって術野の粒子濃度環境を改善することができることがわかった。 さらに、 その際斜流効果に影響を及ぼすのは吸込風量配分比率とフィルタ占有率であり、 吹出風速は影響を及ぼさないことがわかった。 解析結果より、 フィルタ占有率と吸込風量配分比率の関係をまとめたものを図15に示す。 図は、 「a) 周壁下部吸込み」 の場合と 「b) 四隅吸込み」 の場合について斜流効果の認められる範囲を示したものである。 また、 吹出風速による影響が無いことを示すため、 吹出風速0.45m/s、 0.25m/s の値をプロットした。 図中、 フィルタ占有率と吸込風量配分比率の関係が、 曲線よりも上に位置する場合に斜流効果を期待することができる。 
D. 実際の手術室における偏吸込み効果の確認実験
 偏吸込み方式の効果を気流数値解析により検討したが、 実際の手術室における効果を確認するため、 大阪大学医学部附属病院の手術室 (OR-13) において、 可視化による 「均一吸込み」 と 「偏吸込み」 の比較実験を行った。 手術室中央部に手術台を設置し (台上高さ1,100mm)、 その真上に無影灯3灯を配置した (高さ2,000mm)。 可視化は、 手術台上の畜肉を電気メスで切断することにより粒子を発生させ、 室中央の断面が可視化できるようレーザーライトシートを照射し、 高感度カメラで粒子の拡散状況を撮影することで行った。 
 偏吸込みの設定は、 3壁面に設置されている吸込口を板で塞ぎ、 殆どの風量を1壁面の吸込口から吸込む設定とした。 
 上記条件下で、 均一吸込み、 偏吸込み両方において、 術者なし、 術者1名 (前傾姿勢)、 術者3名 (前傾姿勢) の場合の手術台上から発生する粒子の拡散状況を可視化した。 可視化結果は先述の図9である。 「無影灯3灯、術者なし」 の状態を比較すると、 均一吸込みでは発生した粒子が無影灯の高さまで立ち昇っているのに対し、 偏吸込みの場合には吸込風量を偏らせた方向に粒子が流れ、 術野に拡散していないのがわかる。 「無影灯3灯、 術者1名」 の状態では、 均一吸込みの場合、 術者はクラウド状の粒子に覆われる状況となっており、 良好ではない環境下にあることが伺われる。 これに対し、 偏吸込み方式では発生粒子は術野から速やかに排除されており、 良好な環境であることがわかる。 「無影灯3灯、術者3名」 では、 均一吸込みの場合、 手術台上の無影灯と術者に囲まれた空間に粒子が滞留しており、 やはり環境は良好ではない。 これに対し偏吸込みの場合には、 この状況下でも術野から粒子は排除されており、 良好な環境が保たれていることがわかる。 
 可視化実験の結果から、 実際の手術室においても偏吸込み方式により発生粒子が速やかに排除され、 良好な術野環境が保たれていることがわかった。 
文   献
 小林 寛伊、 大久保 憲、 尾家 重治著:消毒と滅菌のガイドライン、 ヘルス出版、 1999.
 伏見 了、 中田 精三、 野口 悟司、 他:一次消毒された汚染物の洗浄障害について、 医器学、 73:281−9、 2003.
 Fushimi, R., Noguchi,S., Takashina, M., et al: Study on usefulness of a cleaning efficiency indicator for washer disinfectors. Zentr Steril 10: 307-10,2002.
 Fushimi, R., Noguchi, S., Takashina, M., et al: Evaluation of the washing ability and protease activity of enzymatic detergents. Zentr Steril 10: 42-5,2002.
 高階雅紀、 池田卓也、 他:手術部総合情報システムの開発. 日本手術医学会誌 15:306-308、 1994. 
 高階雅紀、 越智隆弘、 他:手術室内微粒子連続監視装置の有用性とそのピットフォール. 医器学 67:475-476、1997.