口腔感染症の治療マクロライド系薬の宿主に対する影響について

日本歯科大学口腔外科学講座 北原和樹

 

1.     はじめに 

感染とは細菌の生体内への侵入および増殖による結果であり、宿主側の感染に対する抵抗力と細菌側の生命力との相互関係に起因する。感染症の予防や治療のうえで重要な役割をもつ抗菌薬は、起因となった細菌に対して作用するばかりでなく、宿主側の遊走能、貪食能、殺菌能などの生体防御機構にも影響を及ぼすことはすでに知られている。そのため感染状況下での好中球機能に及ぼす抗菌薬の影響を知ることは重要であり、とくにcompromised hostに対して抗菌薬を使用する際には、抗菌薬の選択においてより一層の熟慮を要する。なかでもマクロライド系抗菌薬(以下Mc薬と略す)は、本来の抗菌作用だけでなく、免疫調節作用あるいは抗炎症作用などの異なった作用を発揮して、生体防御機構に影響を及ぼすといわれている。

 

2.     マクロライド系抗菌薬 

それまで難治性といわれてきたびまん性汎細気管支炎に対する治療法として、erythromycin(EM)の少量長期投与という治療法が行われた 1)。これはin vitroやin vivoにおけるデータから始まったものではなく、臨床観察から見出された治療法である。びまん性汎細気管支炎の原因菌に対して抗菌力を持たないMc薬が、なぜ治療法として成立するのかをさまざまな角度から解明していくうちに、Mc薬が抗菌力以外の作用を有していることがわかってきた。例えば宿主に対しては気道分泌を抑制する作用、慢性炎症の抑制作用、感染防御能増強作用、細菌に対しては細菌が産生する菌体外毒素の抑制、バイオフィルム形成抑制および破壊作用、付着能抑制などの作用である2)。これによって、今まで難治性感染症といわれてきた疾患に対して14員環のMc薬を用いる治療法の有用性が確認されている。  

c薬はグラム陽性菌、嫌気性菌、マイコプラズマ、レジオネラなどに対して抗菌活性を発揮し、一般に優れた組織移行性を有していることが特徴である。その化学構造の基本骨格から、歯科適応のあるMc薬は3種類に分類できる。その中でも現在注目されている14員環のMc薬について、生体の防御機構において重要な担い手である好中球にどのような影響を及ぼすかに注目し、in vitroで実験を行った。

 

3.     実験方法 

ウサギ下顎骨感染モデルを用いて、好中球機能のうち、遊走能と貪食能について検討した。すなわち、NZW種ウサギ、オスの下顎骨にStreptococcus milleri、Bacteroidesfragilisの2菌種を埋入し、下顎骨感染モデルを作製した 3)。観察ポイントは菌接種前、菌接種後1週目、菌接種後12週目とし、菌接種1週目を急性炎症期、菌接種12 週目を慢性炎症期とした。それぞれのポイントで血液を採血し、そこから好中球を分離して1.0×106cells/mlの細胞数になるように調整した。14員環のMc薬としてEM、roxithromycin(RXM)、clarithromycin(CAM)を1μg/ml、10μg/ml、100μg/mlの濃度に調整して使用した。 

遊走能の測定には96穴ケモタキシスチャンバーを用い、下室と上室をメンブランフィルターで介し、下室には走化性因子のFMLPを、上室には分離した好中球と各濃度に調整したMc薬を一定の割合で入れ、37℃、5%CO 2存在下で90分間培養した。その後フィルター表面に付着した遊走細胞をDiff-Quik染色にて染色し、マイクロプレートリーダーにて吸光度の測定を行い、遊走能の解析を行った。  

一方、貪食能の測定方法は分離した好中球に調整済みのMc薬を一定量混和し、37℃、5%CO 2存在下で90分間培養、その後蛍光標識ラテックスビーズを混和して、さらに37℃、30分間培養し、フローサイトメーターにて貪食能の解析を行った。 

 

4.     結果および考察 

菌接種前において遊走能は1μg/mlの濃度で3剤とも抗菌薬を作用させていないときと比較してわずかに亢進していた。高濃度になると抑制する傾向がみられた。貪食能はEMの1μg/mlのみ亢進したが、同じ濃度でもCAM、RXMでは有意に抑制し、それ以外の濃度でも有意に抑制を認めた(Fig.1)。 

急性炎症期において遊走能は3剤ともどの濃度においても抑制を認め、菌接種前と比較してその抑制傾向は強くみられた。また貪食能は菌接種前と同様に1μg/mlのEMのみ亢進を認めたが、それ以外は抑制を認めた(Fig.2)。 

慢性炎症期において遊走能はEMの1μg/mlの濃度のみ亢進を認め、それ以外は抑制を認めたが、程度は菌接種前と同程度で、Mc薬の与える影響は低かった。貪食能はEMの1μg/mlのみわずかに亢進傾向を示し、それ以外は抑制傾向を示した(Fig.3)。

これらの結果より高濃度の14員環Mc薬は直接的な細胞傷害性によりそれぞれの機能を抑制したものと考えられる。低濃度の14員環Mc薬は遊走能において全般的に抑制傾向を示し、貪食能においてEM はわずかに亢進したものの、それ以外は抑制傾向を示した。急性炎症の際には14員環Mc薬が本来有する抗菌活性が発現され、慢性炎症の際には抗菌活性以外の作用、主に抗炎症作用と考えられるが、この作用により宿主の免疫防御活性の調整作用を発揮するものと考えられる。

 

5.     まとめ 

今後のMc薬の口腔感染症への応用については、口腔領域においてはすでに慢性の歯性上顎洞炎に活用されており、上顎洞粘膜の線毛細胞に作用して効果を発現するといわれている。また慢性辺縁性歯周炎に対してMc薬の少量持続投与により効果が得られたとの報告4)があり、宿主の好中球機能を調整することによって発現したものと思われる。慢性の難治性感染症である顎骨骨髄炎において、今回のin vitroのデータだけで結論づけることはできないが、顎骨内への組織移行性が良好であることを考えると十分に効果があると考えられる。臨床的にもMc薬の長期少量投与により改善傾向を示した報告5) があり、その有用性が示唆されるものである。今後もこの治療法の確立にむけ、さらなる検討を加えていきたい。

 

引用文献

1) 工藤翔二、他:び慢性汎細気管支炎に対するエリスロマイシン少量長期投与の臨床効果−4年間の治療成績.日胸疾会誌25:632-642,1987.

2) 小林 浩、他:マクロライド.診断と治療88(sup.):21-25,2000 .

3) 佐藤田鶴子、他:実験的家兎顎骨病巣形成に関する研究.歯学76:1520-1526,1989.

4) 栗田 浩、他:慢性辺縁性歯周炎に対するRoxithromycin少量持続投与−臨床効果および好中球の貪食能、殺菌能への影響について−.歯薬療法16:110-114,1997.

5) 吉位 尚、他:びまん性硬化性下顎骨骨髄炎に対するマクロライド長期治療に関する臨床的研究−Roxithromycin投与での長期観察例について−.口科誌48:479-488,1999.