重症感染症の実態

神戸大学大学院医学系研究科器官治療医学講座 顎口腔機能学分野 古土井春吾

 

1.     はじめに  

抗菌薬が普及した今日、重症の口腔感染症は激減したといわれている。しかし、少数ながら頭頸部蜂窩織炎から死亡した症例1)や、抜歯などの歯科治療を契機に脳膿瘍あるいは感染性心内膜炎など他臓器に感染をきたした症例2)も報告されている。そこで、重症口腔感染症である頭頸部蜂窩織炎の実態について検討を行った。

 

2.     入院加療を行った頭頸部蜂窩織炎142例の検討 

当科および関連施設で入院加療を行った頭頸部蜂窩織炎142例について調査したところ3)、歯科処置を契機に蜂窩織炎を発症した症例は41例(28.9%)と約3割近くみられた(表1)。その内訳は、抜歯が誘因となったものが20例(14.1%)、根管治療が契機となったものが19例(13.4%)となっていた。これらを基礎疾患の有無で分けて発症率をみてみると必ずしも基礎疾患を有する症例に蜂窩織炎が多く発生している傾向はみられなかった。

さらに、抜歯が誘因となった蜂窩織炎20例について詳細をみてみると、年齢では20歳代と40歳代にピークがわかれており、20歳代にも多くみられる結果となった(図1)。原因部位は下顎臼歯部が全体の7割を占め、中でも下顎智歯が多く、解剖学的に重症化しやすい部位と考えられた。また、前歯部が原因となった3例のうち2例は80歳以上の高齢者にみられており、高齢者では前歯部の抜歯でも注意が必要と思われた4)。 

次に、切開などの外科的処置の時期と治療期間の関係をみるために、治療期間別に分けて発症から切開されるまでにかかった日数を比較してみた(表2)。治療期間が7日以内と20日以上では、発症から切開までの期間に統計学的に有意差を認めた。つまり、切開の時期が遅れるほど、治療期間が長くなる傾向がみられた5)。

 

3.     頭頸部ガス産生性蜂窩織炎本邦報告例の検討 

1980年以降でわれわれが渉猟し得た頭頸部領域のガス産生性蜂窩織炎および壊死性筋膜炎の本邦報告例111例について検討を行った6)(表3)。 

原因疾患としては歯科処置後を含む歯性が66例と半数以上あり、そのほとんどが下顎にみられた。歯科処置が誘因となった蜂窩織炎では基礎疾患との相関はみられなかったが、頭頸部ガス産生性蜂窩織炎では半数以上が基礎疾患を有しており、その中でも糖尿病を有する症例が多数を占めていた。死亡例は11例で、平均年齢は70歳と高齢であり、そのうちの5例にやはり糖尿病がみられた。 

これらのことより、糖尿病患者や高齢者は重症化するリスクが高く、注意が必要と考えられた。

 

4.     頭頸部蜂窩織炎の観察要点 

最後に頭頸部蜂窩織炎の観察要点7)をまとめてみた(表4)。(1)炎症が内側に進展して咽頭部の狭窄による呼吸困難がある場合、気道を確保する処置を至急に行う必要がある。 (2)咽頭や深頸部に炎症が進展している症例では、発症初期から強い嚥下痛や開口障害を有することが多く、重症化を予測する重要な観察点となる。(3)発熱が続き、全身倦怠感が強い場合は、敗血症や髄膜炎の合併を疑う必要がある。(4)ガス産生性蜂窩織炎が疑われる場合、至急にCT

を撮影してガス像の有無を確認し、ガス像がみられたら直ちに切開して壊死組織を徹底的に除去しなければならない。(5)糖尿病患者や高齢者は、重症化する危険性が高いことを十分に認識して治療にあたるべきである。  

 

引用文献

1) 川越弘就、他:下顎智歯の抜歯後感染から頸部ガス壊疽に至り死亡した1例.歯薬療法18:139- 143,1999.

2)Yoshii T.,et al.:Subduralempye_ma after tooth extraction in which CapnocytophagaSpecies was isolated.Scand J InfecDis32:704-705,2000.

3)大塚芳基、他:口腔蜂窩織炎の実態および歯科処置とのかかわり.口腔感染予防研究会雑誌3:29-38,1995.

4)吉位 尚、他:口腔頸部における重症蜂窩織炎と抜歯後感染の関連性ー智歯抜歯後感染の問題点についてー.歯薬療法18:144-149,1999.

5)大塚芳基、他:口腔蜂窩織炎の臨床的検討ー第二報:治療内容と治療期間の関係についてー.歯薬療法18:59-65,1999.

6)南川 勉、他:早期の外科療法が功を奏した歯性感染症由来の壊死性筋膜炎の7例(抄).日口外誌47:932-933,2001.

7)吉位 尚、他:口腔より派生する重症感染症の問題点と口腔ケアの問題.口腔感染予防研究会雑誌5:28-34,1998.