病院歯科における口腔感染症治療

山口県立中央病院歯科口腔外科 金川昭啓

 

1.歯性感染症とは 

1992年1月〜2001年10月までの約10年間に山口県立中央病院歯科口腔外科を受診した患者で閉鎖性膿瘍を認めた202検体を対象とした。202例中入院患者が8例、外来患者が194例で、疾患の内訳は歯周組織炎が102例、歯冠周囲炎が1例、顎炎が84例、顎骨周囲の蜂窩織炎が5例、その他の感染症が10例であった。202例すべてにおいて抗菌薬療法を行う前に検体を採取した。当院における検査方法は、膿瘍を穿刺吸引し検体を採取し、直ちににシードチューブに注入し4℃の冷所に保存し、同日の午後3時から細菌検査を開始している。分離菌は、好気性菌157株(14.9%)、嫌気性菌894株(85.1%)の合計1051株が分離された(表1)。一検体あたりの分離株数は5.2株、複数菌感染が95%、嫌気性菌感染が98%、嫌気性菌のみによる複数菌感染が41.1%であった。注目すべきは嫌気性グラム陰性桿菌が総分離株の過半数(50.7%)を占めている点と嫌気性グラム陽性桿菌の分離率が17.5%と高い点であった。分離頻度の高い細菌は分離頻度の高い順にPrevotellaintermedia、Porphyromonasgingivalisなどの黒色色素産生嫌気性グラム陰性桿菌が168株(16.0%)、Peptostreptococcusmicros 123株(11.7%)、Fusobacteri_um nucleatum111株(10.6%) 、Eubacteriumspp.101株(9.6%)、Streptococcus millerigroup 93株(8.8%)であった(表2)。分離頻度の低い細菌の中では α-Streptococcus とAct_inomycesspp.が比較的多く分離されていた。 

主な細菌の感染率は、高い順にPrevotellaintermediaやPorphyromonasgingivalisなどの黒色色素産生嫌気性グラム陰性桿菌が64.9%、Peptostreptococcusmicros 60.9%、Fusobacteriumnucleatum55.0% 、Eubacteri_um spp. 37.4%、Streptococcus millerigroup 46.0%であった(表3)。

 

2.歯性感染症で分離される細菌のパタ−ン 

歯性感染症では分離される細菌は2つのパタ−ンに集約されると考えられる(表4)。すなわち嫌気性菌のみの複数菌感染(約41%)と嫌気性菌と微好気性菌との複数菌感染(約46%)であり、歯性感染症は主に嫌気性菌による複数菌感染症である1)。

 

3.嫌気性菌の耐性と抗菌薬の選択 嫌気性菌のβ-lactam剤に対する耐性機構については1.β-lactamase2.ペニシリン結合蛋白の変化 3.外膜の変化に伴う透過性の減少の3つが指摘されているが、その主因はβ-lactamase産生株の増加である2,3)。当院における嫌気性グラム陰性桿菌のβ-lactam剤に対する耐性状況を示すと、Prevotella属の多くのものでβ-lactamase産生株を認めたが、Fusobacteri_um nucleatum、Porphyromonasgingivalisにはβ-lactamase産生株はみられなかった。一方β- lactamase非産生で複数のβ-lactam剤に対し耐性の株は嫌気性グラム陰性桿菌533株中115株21.6%もあった。中でもCampylobactergracilis、Dialisterpneumosintes、Wolinellaspp.の70〜85%が耐性株であった。嫌気性グラム陰性桿菌の過半数を占めるPrevotella属の約20%も耐性株であった。当院では2000年5月からβ-lactamase産生能の検査を開始しており、Prevotella属の約20%がβ-lactamase産生株であった。また一検体あたりのβ-lactamase産生株の感染率は約23%であった。現在までのところ当科で高頻度に分離されたPeptostreptococcusmicros、Eubacterium属に耐性株は殆どみられておらず、抗菌薬の選択に当たって考慮すべき細菌は嫌気性グラム陰性桿菌である。即ち嫌気性グラム陰性桿菌の約20%がβ-lactam剤に対して耐性を示すことから、β- lactamaseの影響を受けないclindamycinやβ-lactamase阻害剤を配合したβ-lactam剤、cephamycin系薬が第一選択になると思われる。 

 

4.嫌気性菌感染症の特徴とその治療について  

嫌気性菌感染症の特徴は膿瘍形成と組織破壊である4)。通常は膿瘍形成のみであるが、頸部の壊死性筋膜炎やガス壊疸などの重症例においては組織破壊が認められる。歯性感染症の治療は、嫌気性菌感染症であるため抗菌薬療法と外科的治療の二つが不可欠である3,4)。嫌気性菌の分離・同定・感受性試験の結果が出るまでにはかなりの日数を要するので、抗菌薬療法はempiric therapy(経験的治療)を行うことになる2,4) 。膿瘍を形成した場合には速やかに切開あるいは穿刺吸引による排膿が必要である。その理由として、抗菌薬は膿瘍内には殆ど移行しないためである1)。MIC値が小さくても(抗菌力があっても)病巣への移行性が悪くては効果が期待できない。とくに頸部の壊死性筋膜炎やガス壊疸などの重症感染症では、適切な抗菌薬療法のみでは治療は困難のため可及的早急な外科的ドレナ−ジが不可欠である。 

 

5.empiric therapyを合理的に行うための条件 

empiric therapyを合理的に行うためには条件がある2)。歯性感染症は嫌気性菌を中心とする複数菌感染であるから、病原菌の推定が重要である。当科では検体の塗抹標本所見よりActinomyces、Fusobacterium、Clostridium、その他の嫌気性菌の感染を推定している。検体のグラム染色を行わない場合には、過去のデ−タ−から分離頻度の高い細菌と、その薬剤感受性のパタ−ンを熟知していることが重要である。重症度により、単剤療法でよいか、あるいは併用療法か。静菌的な薬剤で良いか。感染症自体は軽症でも糖尿病があるか、ステロイド剤を服用しているかなどを検討すべきである。嫌気性菌の耐性化の主因であるβ-lactamase産生株の割合や、嫌気性菌と相乗的に病原性を発揮する微好気性菌であるStreptococcus millerigroupの共存なども考慮する必要がある。 

 

6.感染症の重症度 

感染症を治療するに際しては、その重症度を把握しておく必要がある。まず宿主の防御能が正常かあるいは低下しているかに分けて考える5)。宿主の防御能が正常の場合には、歯性感染症では重症度による病原菌の種類に差はないので感染症自体が重症か否かがポイントとなる。炎症反応としては、白血球やCRPの増加があるが、特にCRPを重視している。CRP10以上は重症感染症で入院の適応となり、CRP20以上は敗血症の疑いがあり、血液培養が不可欠で、緊急性を要し初期治療が重要になる。臨床所見では顔面、頸部の腫脹の急速な拡大(頸部の蜂窩織炎,壊死性筋膜炎など)、炎症の顔面、頸部の組織間隙への急速な拡大(ガス壊疽などの壊死性軟部組織感染症)、咬筋下隙などの咀嚼筋間隙への波及による開口障害、嚥下障害による経口摂取困難、発熱や疼痛・全身倦怠感の強い場合などは重症である。  

宿主の防御能が低下している場合、細菌学的な特徴としては好気性の腸内細菌が口腔内に定着する頻度が増加するためこれらも病原菌になりうる。感染症自体は軽症でも急速に進展する可能性があり、注意を要する。CRP10以下でもステロイド剤使用者では炎症反応が抑制され重症化しやすいと考えられる。免疫不全者では炎症反応と臨床所見が必ずしも一致しないため発熱、疼痛、腫脹の範囲、拡大の速度などの臨床所見が重要となる。 

 

7.重症度による抗菌薬療法  

当科においては、軽症例には経口抗菌薬のみでclindamycinやcefem系薬を、中等症すなわちCRP10 以下の顎炎には一日一回の点滴静注と経口抗菌薬の併用療法を数日間行い、軽快すれば経口抗菌薬のみとしている。CRP10以上の重症な顎炎、顎骨周囲の蜂窩織炎にはclindamycinやcephamycin系薬、β- lactamase阻害剤配合剤の単剤療法を、CRP20以上の場合にはclindamycin+carbapenem系薬の併用療法を行っている。 

 

8.今後の展望 

今後1)嫌気性グラム陰性桿菌のβ-lactamase産生株の推移、2)口腔常在菌のβ-lactamase産生株の推移(indirect pathogenとして)、3)重症度とβ-lactamase産生株との関連性、4)clindamycinに対する嫌気性菌の耐性化の動向などに注目する必要がある。

 

引用文献

1)金川昭啓,他:膿瘍を形成した歯性感染症の細菌学的検討.日口外誌44:133-139,1998.

2)中村 功:嫌気性菌感染症. 臨床成人病24:1727-1731,1994.

3)中村 功:嫌気性菌感染症の最近の知見.感染症 29:1-10,1999.

4)Finegold, S. M. :anaerobic Infections in Humans: An Overview. Anaerobe 1:3-9, 1995.

5)賀来満夫:特集 抗菌薬の使い方1病態と抗菌薬の選択. Mebio17:16-22,2000.