|
大阪大学医学部
附属病院総合診療部 吉矢 生人
脳死臓器移植が、提供者の尊い遺志によって再開されてから1年半が経過した。再開第1例の心臓移植患者は、無事社会復帰を果たしておられる。世界的に大きく遅れていたわが国の移植医療がようやくその遅れを取り戻し始めたといえ
る(図1、図2)。しかしながら、臓器移植は免疫という大きな課題が未解決のまま、いわば見きり発車した医療といえる。貴重な提供臓器であっても移植のレシピエントにとって異物であることに変わりはない。将来は、免疫の仕組みがもっ
と解明されて、移植臓器に対する拒絶反応だけを抑えられるようになる日が来ると思われる。しかし、当面は臓器移植を受けた人は免疫抑制薬をずっと飲みつづけなければならない。移植手術後の急性拒絶反応の時期には、いくつかの免疫抑制薬が用いられ、皮膚、鼻腔内、消化管内に常在する弱毒菌が重症の感染症をひきおこす危険が生じる。
1.臓器移植に伴なう感染症
臓器移植にともなう感染については、骨髄移植患者がもっとも高いリスクを有しているが、心臓、肝臓、腎臓移植後の弱毒菌感染症も数多く報告されている。起因菌としては、ウイルスではサイトメガロウイルス、RSウイルス、インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルス、アデノウイルス、EBウイルス、単純ヘルペスウイルス、水痘ウイルスなどがあげられる。免疫不全患者がこれらのウイルス性肺炎に罹患すると死亡率が極めて高い。また、これらのウイルスの中には、HIVほどではないが免疫力を低下させるものもあり(サイトメガロウイルス)、細菌感染や真菌感染を併発することも多い。細菌では、ブドウ球菌(黄色:MRSA、MSSA)、エンテロバクター、緑膿菌、エンテロコッカス、レギオネラなど
が問題となっている。また、真菌(カンディダ)、ニューモシスティスカリニ、アスペルギルス、クリプトコッカスなどによる感染が報告されている。これらの感染症は、臓器移植後3ヶ月以内の急性期に起こるものと、それ以降の遠隔期に起こるものがる。心臓移植については、グラム陽性球菌(黄色ブドウ球菌、腸球菌など)、グラム陰性幹菌(緑膿菌、エンテロバクターなど)、ならびにカンディダ属の真菌による感染症は、移植後3ヵ月以内にみられることが多く、アスペルギルス、クリプトコッカス、ヘルペス属のウイルス、ニューモシスティス・カリニ、トキソプラズマなどによる感染は通常3ヶ月以降に見られる(1)。
2.感染症の成立因子
感染症の成立は、言うまでもなく宿主の免疫力低下、感染経路、起炎菌の病原性との3つの因子による。臓器移植後の感染症については、拒絶反応を抑えるために用いられる免疫抑制薬によって宿主の感染防御能が低下することが大きな因子である。これについては、1960年代に開発されたアザチオプリンをはじめとして、1980年代のサイクロスポリン、最近開発されたタクロリムスなどによって移植後の感染症が大いに減少した(図3)。一方、細菌の病原性に関しては、医療界に於ける抗生物質の乱用が問題視されている。培養検査によって、抗生物質に対する細菌の感受性を確かめた上で適切な薬剤を選ぶことが重要である。
3.ICUにおける感染症対策
筆者が勤務していたICUにおいては、移植患者以外にも免疫不全状態に陥った重症患者が収容されており、弱毒菌感染への対策が重要な課題であった。1970年代には緑膿菌やクレブシェラなどグラム陰性桿菌が弱毒菌感染の中心であったが、1980年代には真菌感染症がこれに加わった.。1990年代は、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ状球菌)が大きな問題となった。われわれがこれらの院内感染にたいして行った対策の1つは、真菌やMRSAの血清学的検査法を開発して感染症の早期発見ならびに早期治療を行うことであった(2)(3)。一方では、感染防御能の低下している重症患者の感染対策として重要なことは医療従事者による交差感染を防止することである。とりわけ、医療従事者の手指や医療用具からの感染をなくさなければならない。筆者の施設でICU入室者の手洗いの励行率を調査したことがあるが、手洗い励行率は患者家族、ICU以外の医療従事者、ICU医師の順でICU医師のそれが最も低かった(4)(図4)。その後手洗い率は改善しており、たえず注意を喚起することが必要である。病院全体としても、MRSAをはじめとする院内感染が問題となっており、系統的な対策が必要である。われわれの施設では、感染対策部が組織されており、毎月発行のニューズレターに検査部で各生体資料から検出された細菌の動向が報告されている。また、症例ごとの抗生物質の使用法についてもコンサルテーションを行っている。
4.感染症の動向
わが国の死亡統計によると、悪性新生物、心疾患、脳卒中についで肺炎が死因の第四位を占めており、しかもその数は1980年以降急激な上昇傾向を示している(5)(図5)。また、結核は第二次世界大戦後10年間で激減したが、最近は肺結核の罹患率は決して減少し続けてはいない。わが国の結核罹患率は、残念ながら先進諸国に比べて飛びぬけて高いのが実情である(6)。世界的にも感染症は死因の4分の1を占めており(6)(図6)、人類はまだまだ病原性微生物に打ち勝ったとは言えない。最近、インフルエンザの有効な治療薬が市販されるようになったが、従来から有効性が知られているインフルエンザワクチンの接種率は、諸外国に比べてわが国では低いことが指摘されている。肝炎ウイルスをふくめたワクチンの接種、手指や器具からの交差感染対策など、医療従事者は感染症の予防対策をさらに進める必要があると考えられる。それが医療従事者自身の感染防止にもつながる。
文献
(1) 白倉良太:移植手術後の感染症 現代医療33(増刊III):2001, 印刷中
(2) Hosotsubu KK, Hosotsubo H, Nishijima M, et al: Rapid screening for
staphylococcus aureus infection by measuring enterotoxin B. J Clin
Microbiol 27:2794,1989
(3) Shimaoka M, Yoh M, Segawa Y, et al: Development of enzyme-labeled
oligonucleotide probe for detection of mecA gene in
methicillin-resistant staphylococcus aureus. J Clin Microbiol
32:1866,1994
(4) Nishimura S, Kagehira M, Kono F, et al: Handwashing before entering
the intensive care unit: what we learned from continuous video-camera
surveillance. Am J Infect Control 27:367,1999
(5) 国民衛生の動向 厚生の指標(臨時増刊) 44(9):1997
(6) 感染症の診断・治療ガイドライン 日本医師会雑誌 臨時増刊 122(10):1999
|